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夕暮れの喫茶にて

僕より20歳ほど若い彼は今、
婚活中である。
結婚相手紹介サービスに登録し、
週1回のペースで、
候補者とどこかの喫茶店で
お見合いしている。

毎週のように、
彼の望む相手の条件に合った候補者の
プロフィールが送られてくるという。
勿論、その相手にも彼の内容が送られる。

互いに合意すれば、書類選考合格となり、
コロナ禍だからか
日中に喫茶店で合うことになるらしい。

感染拡大以前は
彼とはよく飲みに行った。
他企業で勤める彼は、
どこか気軽に話せるし、
真剣に僕の意見を聴く彼を
僕は弟のように思い、
親交を深めてきた。

先週、彼と2年ぶりに会い、
喫茶店で歓談した。
そこで彼の婚活を知ったのだ。

この婚活サービスが
なかなか思うように
進まないという。
条件や性格の不一致か、
それとも彼の段取りの悪さが原因か。

お相手と駅改札などで待ち合わせし、
そこから初対面の二人で
スマホの地図を片手に
喫茶店を探すという。
どこも混んでいて、4〜5件目で
どうにか二人用のテーブル席に
辿り着くのだそうだ。

先手を打って席をリザーブしておかない、
彼の心くばりのなさも、
上手くいかない一因かもしれない。

彼は僕に、訊いてきた
「結婚相手に求めるものはなんですか?」

異性に惹かれるとき、
そこにあるのはなんだろう。

ときめき、ゆらめき
やすらぎ、なごみ
刺激、自分にないもの
美しさ、カッコよさ
価値観、人生観、等々

でも心ときめく「恋愛」と、
結婚生活で育む「愛情」は異なる。
恋は「自分のために相手に求めるもの」
愛は「相手のために自分を与えるもの」
と何かに書いてあったが。

勿論、彼の問いには
正解はない。人によりけり。

これからの人生を
彼がどのように生きたいか、だ。

窓際の席で、走る電車を
見下ろしながら僕は言った。

「よくわからんけど。
縁が合って結婚するのだから、
まあ一度結婚してみるかとか、
ノリではいけないよね。

相手より、
まず自分自身を真剣に
分析したほうが良いかもね。
何に価値を置くかを、整備しないと」

「なるほど、それは、そうでしょうね」

「日頃、忙しい君だけど、
週1回も会う時間があるなら、
先ずは自分をとことん掘り下げてから」

「先ずは自分ですね」

「要は、相手を幸せに出来るか、だから。
自分の生き方と価値観が、
相手のそれと適合するのか、
折り合うのか。
単に、美しい外見と素敵な雰囲気に
惹かれたというなら、やめたほうがいい」

「よくわかります。
僕には、どんなタイプが
合うと思います?」

「君は仕事一辺倒、
そして心配性だからな。
お相手は、前向き思考の人、
物事をプラスに考えられる人。

勿論、スーパーポジティブなど
そうはいないだろうけど。

夫婦して反省ばかりして
落ち込んでいては前に進まないし、
事態は打開していかない。

子どもが出来た場合、
子育てに悪影響だよ」

「その前向き思考って
なかなか難しいですよね。」

「難しいよ。自己啓発本に
書いてある通りにしたって
なかなか、そう簡単ではないよ。

ただ、少しばかりの希望と、
少しばかりの諦めが大事では。
この少しばかりがポイントで、
何かを強く求めたりしない、
自分にも相手にも」

「少しばかり、というと?」

「よく会社の研修などで
パレートの原則というのがあるよね。
2対8の構成で、全体の2割の層が
全体の8割の売上を生み出している、
というもの。

さらにそこから派生して、
組織論として2対6対2の法則もある。
勿論、会社は従業員全員で
支えているけど、実際の構成は
経営幹部になるのが全体の2割、
出世に縁はないが懸命に仕事をする6割
仕事に重きを置いてない人が2割」

「なるほど。でも、2対6対2の法則と
前向き思考とどう関係するのですか?」

「人生の様々なことで、
2対6対2の法則が当てはまる。

例えば、一日の出来事でも、
何か少しでも嬉しかったこと、
まあ普通のこと、
あまり愉快でないことの構成が、
2対6対2になっていて、
それが自然の摂理、
人生の原理原則と考えれば、
諦めも納得もいくだろうと」

「要は、そういうものだと
まあ落ち着くところに落ち着くと、
割り切ればその安心感から、
前向きになれると。」

「あとは自分を勘定から外すこと。
完全にとは、いかないが
相手を基準に物事を進めること。
この人を幸せにするために、
俺は結婚したのだと。
しかもそれをわざとらしく
アピールするのではなく、
さり気なく自然体でなすことかな。」

「そうですね。
相手のことを考え、
相手との時間を、その出会いを、
大切にするのであれば、
やはり事前に喫茶店に
予約を入れるべきでした。
4〜5件まわって、疲れさせる前に。
これじゃ、フラれるわけだ」

「あとは自分のことばかり話さず、
聞き上手、相槌上手になることかな」

「それを早くお聞きすれば良かった。
過去3回とも、自分のことばかり、
しかも、登山の趣味ことばかり話し、
いや〜、参った。どうしよう」

「それだけ反省してれば、もう良いよ。」

「さっきの法則、
4対4対2では駄目ですか、
欲張りでしょうか」

「本当に勝負すべきことって、
週に何回もないだろう。年に何回かだ。
絶対に譲れないときだけ、
強く出て良いと、思う。
あとは、欲張らないこと。
そうでないと、結果的に、
1対7対2になるよ。」

「なるほど、納得です。
先輩、そろそろ次の約束の時間です。
今日は最高に良いこと聞きました。
あとでノートに整理します。
今日は本当にありがとうございました」

30後半の彼は、深々とお辞儀をし、
少年のようなあどけなさで
颯爽と去って行った。

ひとり残った僕は、
冷め残った珈琲を飲み干し、
窓の外、走りゆく電車を見下ろした。
そして言った、
「なに、自分に言い聞かせてるんだよ。
全く出来てない俺が」

夕暮れが
駅と街並みを
包み込んでいた。

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