見出し画像

ThirdNorth 4 -交わる二人-

※この物語はThirdNorth 3 -深まる2人-の続きです。
※キスシーンがあります、苦手な方はご注意ください<(_ _)>

午前8時少し前。
待ち合わせた駅前へ行くと、そこには既にサードくんの姿があった。
あの無理矢理クローゼットに押し込まれていた服の山から引っ張り出してきたのだろう、少しシワになったポロシャツとジーパン姿だった。
相変わらずの着なれていない感も相まって、とても可愛らしかった。
「おはよう、サードくん。お待たせしました。」
「ノースさん、おはようございます。俺も今来たところです。じゃあ、行きましょうか!」
そう言ってサードくんは僕の手を取り歩き始めた。
持っていたコーヒーの減りから見ても随分前から待ってくれていただろうに、不満そうな表情は一切見せなかった。

サードくんは色々なデートプランを考えてきてくれていた。
朝の公園の散歩から始まり、屋台での朝食、2人で見たかった映画を見て、サードくんお勧めのカオマンガイ屋さんでランチ、ショッピングモールを当てもなく歩き、市場で食料を調達し夕食を一緒に作る等々…
既に十分親しいつもりだったけど、今日一日だけでサードくんの新しい一面をたくさん知ることができ、僕はますます彼に惹かれていった。
僕は最後に作った即席チャーハンを食べながら彼に言った。(本当はお洒落なイタリア風パエリアになるはずだったけど、火加減をサードくんに任せたら全て黒焦げになってしまった)
「サードくん、今日は本当にありがとう。とっても楽しかった。」
口元にご飯粒が付くほど勢いよく食べていたサードくんが顔を上げた。
「こっちこそ、ノースさんとデートできて楽しかったです!ありがとうございます!」
嬉しそうにこちらを見つめる彼の口元に手を伸ばす。
「なっ!?」
また同じたまらなく可愛らしい反応。
緊張で全身を強張らせる彼の頬に触れ顔を近づけ、ご飯粒を取るついでに唇を重ねる。
「…い、今のは…」
「好きに受け取ってください。」
放心状態で僕を見つめるサードくん。
我に返り途端に恥ずかしくなった僕は、気を紛らわせようと急いでチャーハンをかき込んだ。


ノースさんが俺にキスをした。
一瞬これは夢なんじゃないかと疑ったけど、珍しく恥ずかしそうにしていたノースさんを見るに、多分現実に起こったことらしい。
これまでノースさんからのはっきりとした愛情表現は無かった。
もしかすると俺の片思いなんじゃないかと思うほど無かった。
そんな彼がキスをした。
そして言った。
「今夜、一緒に寝てもいい?」
俺は力の限り首を縦に振った。

シャワーを浴びたばかりのノースさんはとてもいい香りだった。
彼をベッドへ優しく押し倒し、首元に顔をうずめ、香りを肺の隅々にまで行き渡らせる。
ノースさんは俺の背中に腕を回した。
「ノースさん、すっごくいいにおい。」
彼の顔を見るや否や、俺の首元に腕を回し、唇を奪うノースさん。
それから少しの間、お互いの唇の感触を確かめ合った。
そして上体を起こし顔をゆっくり離したノースさんは、俺のシャツを脱がせ始めた。
「…え。」
ふとノースさんの表情が固まる。
彼の目は俺の体中にある根性焼きの痕を捉えていた。
「あぁ、これ。ノースさんのお父さんはベルトが好きで、俺の親父はタバコが好きだったってことです。」
いつの間にかノースさんの目から大粒の涙が溢れていた。
「…そうなんだ。…そうだったんだね。君も、ここまで頑張って生きてきたんだね。」
生まれて初めてそんな言葉をかけられ、俺も思わず涙を流す。
今度はノースさんが俺を押し倒し、火傷の痕一つ一つに優しくキスをしていった。
俺は彼の傷跡をそっとなぞった。
「ノースさんだけじゃないですよ。」
「ん?」
「ノースさんだけじゃないです。俺も傷が気持ち悪いって言われたことあります。だから、ノースさんの気持ち、めちゃくちゃよく分かります。」
「…そっか。」
ノースさんは安心したような顔で俺を見つめ、唇を重ねた。
「ありがとう。」
たまらなくなった俺は、仰向けにさせたノースさんの上に覆いかぶさる。
そして…
「俺は絶対にノースさんを拒絶したりしません。絶対に裏切りません。ずっと大切にします。だから、俺だけには包み隠さずノースさんの全部を見せてください。」
「…わかった。僕もサードくんを裏切らない。ずっとずっと大事にする。サードくんも、僕に君の全てを見せてね。」
「もちろん。」
こんな甘い時間が永遠に続けばいいと本気で思った。


翌朝。
朝日で目覚めると、隣には気持ちよさそうに眠っているサードくんの姿があった。
そっと頭を撫でてみても、全く起きる気配が無い。
昨日遅くまで頑張ってたからなぁ。
昨夜のことを思い出すと、思わず笑みがこぼれてしまう。
ベッドの上でもあんなに律儀だとは思わなかった。
彼の腕をそっと外し、痛む腰を擦りながらベッドから起き出す。
服を着て書き置きをテーブルに残し、静かに家路についた。

家に帰ると既に出発の準備ができていた。
「お坊ちゃま、お帰りなさいませ。」
そう言うが早いか仕立ての良いスーツに着替えさせるメイドたち。
「20分後に迎えが参ります。それまでに準備をお済ませください。」
かつて父の執事だったトミーがテキパキと指示を出す。
父の死後も何故かこの家で働き続け、今は僕の秘書として会社との調整役をやってくれている。
「本当に僕が行かなきゃ駄目なの?」
「はい。この事業は会社の今後がかかっております。会長は必ずノース様に担当させるようにと仰っておりました。」
トミーの機械的な話し声にも僅かながら今回の出張に対する反感のようなものを感じた。
「こんな時に申し訳ない。奥さんが調子が悪いって言うのに…。もしよかったら、トミーはここに残って…」
「いえ、私もご一緒いたします。」
彼は食い気味に僕の提案を断った。
父とどんな契約を結んでいたのか知らないが、こういう時いつもトミーは頑として譲らない。
「そっか。じゃあ、よろしくお願いします。」

迎えの車で空港まで向かうトミーと僕。
途中、サードくんとスムージーを飲んだ市場が目に飛び込んできて、思わず涙が頬を伝う。
トミーは気付かないふりをしてくれた。
空港に着きトミーが手続きをしている間、僕はベンチに座ってぼーっとしていた。
ふと楽しかったサードくんとの思い出が脳裏に蘇り、思わず口元が緩んだ。
しかしすぐにしばらく会えない現実に引き戻され、胸が痛くなり目元が潤む。
半年もしたら、きっと彼は僕のことなんて忘れてしまうんだろうな…
そう思っていると、ふと後ろから思いきり抱き締められた。
驚いてそちらを振り返ると、涙目のサードくんが立っていた。
「ど、どうして…」
「ひどいよ、ノースさん!何も言わずに行っちゃうなんて…」
「…ごめん。あまりにも可愛い寝顔だったから、起こしたくないなーと思って。」
いきなり褒められて拍子抜けしたような表情の彼。
でもすぐに我に返ったらしく、
「で、でもしばらく会えないんですよ?どんなに可愛くてもちゃんと起こしてください!」
黙って去った僕を怒りたいけど、褒められたのが嬉しくてつい笑ってしまう。
そんな彼がたまらなく愛おしかった。
「本当にごめんね。今度からはどんなに可愛くてもちゃんと起こすね。」
「そうですよ!僕たちはずっと一緒です。例え遠く離れていてもどんな時も一緒です。だから、早く僕の可愛さに慣れていつでも遠慮なく起こしてください!」
気恥ずかしそうにはにかみながらサードくんが言った。
そんな僕らの様子をトミーが遠くから見守っていた。

サードくんは保安検査場まで見送りに来た。
トミーは何も聞かず、少し離れたところで待っていた。
「本当にお別れなんですね…」
既に十分泣いたのに、まだまだ水分を貯め込んでいるようなサードくんの瞳。
「頑張って半年で帰ってくるから、それまで待っていてくれる?」
「もちろんです。ノースさんも俺のこと忘れないでくださいね?」
「もちろん。僕にはサードくんしかいないよ。」
そう言って彼の額にキスをした。
恥ずかしそうに頬を染めたサードくんは、僕を力一杯抱き締めた。
「元気でね、ノースさん。」
「サードくんも。どうか元気で。」
サードくんは僕の姿が見えなくなるまで手を振り続けた。
僕も負けじと手を振った。
「大切にしてあげてください。」
ふとトミーが言った。
「何?」
「彼のこと、大切にしてあげてください。ノース様をこれほど笑顔にできるのは彼だけですから。」
「わかってる。ずっと大事にする。」
僕たちは搭乗ゲートに向かった。


半年後。
例の仕事は俺にとって適職だったらしく、どんどん昇給・出世し、気づくと統括部でフリー社員(一人で仕入れから販売までする)たちを管理するまでに至っていた。
深くは知らないし知りたくもないが、この世界は入れ替わり立ち代わりが恐ろしく速い。
そんな中、何故だか上層部に気に入られた俺は3ヶ月程で現場から管理部門にまわされ、今に至る。
管理部門に配属になってからの給料も文字通り破格で、フリーの時の少なくとも5倍はあった。
そんなこんなで予想以上に収入を得た俺は、半年もかからずにクソ親父の残した借金を全額返済することができた。
もうこれで金に苦しまなくて済む。
ようやく肩の荷が下りた。

ノースさんとはほぼ毎日連絡を取り合った。
お互いにその日にあったことや良かったこと、嫌だったこと、面白かったこと、戻ったら一緒にしたいことなどを話し合った。
物理的には遠く離れていたけれど、心の距離は全く離れなかった。
そして遂に、ノースさんが今日帰ってくる。
本当は空港まで迎えに行きたかったけど、帰国後すぐに地方の支社で会議があるらしく、会うのは明日になった。
久しぶりにノースさんに会える。
それだけを考えて、俺は職場へ向かった。

デスクに着いて早々、一人の女性スタッフが近づいてきた。
「サードさーん、今日ってお時間あったりしますぅ?」
「今日ですか…。夜なら空いてますけど。」
「良かったぁ!実は、夜シフトの社員さんが1人どうしても来られなくなっちゃってぇ。その社員さん担当の分を他の社員さんに何とか仕訳けたんですけどぉ、どうしても3個だけ振り分けられなくってぇ。もし出来たらでいいんですけどぉ…」
「俺がやりますよ。」
俺は食い気味に言った。
「いいんですかぁ!ありがとうございますぅ。」
このフロアで現場上がりは俺だけだったから、こういう仕事は全部俺のところに回ってきた。
本当は明日に向けての入念な準備をしたかったけど、少し遅くなるくらいならいいかと軽い気持ちで引き受けた。

久しぶりの配達の仕事は順調に片付いていった。
残すは最後の1個のみとなった。
品物は観賞用の左脚というだけあって大きな段ボール箱に入っていた。
町の郊外にある森の中をしばらく走り指定された住所に着くと、大きな鉄格子の門がそびえ立っていた。
「こんなところに家があったんだ…」
呼び鈴を押すと厳かな鐘の音が敷地内に響き渡った。
しばらくして、
「はい、どちら様でしょうか。」
スピーカーから初老の男性の声がした。
「ラッキー配達便です。荷物のお届けに参りました。」
「お待ちしてました。今門を開けますので、裏手に回ってください。」
モノがモノなだけに、流石に表玄関から受け取るわけにはいかないのだろう。
俺は段ボールを台車に載せ裏手に回った。
勝手口と思われる扉をノックすると今度はふくよかな女性が出てきた。
「遅くにありがとうございます。こちらへお願いします。」
その女性は俺を突き当りの大広間へ案内した。
俺は指定された机の上に段ボールを置いた。
「受け取りのサインをお願いします。」
「少々お待ちください。」
そう言うと彼女はどこかへ消えて行った。
少しすると聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「もう届いたの?さすがラッキーさんだね、仕事が早い。」
階段を下りてきた依頼主を見た瞬間、俺は自分の目を疑った。
「…ノースさん?」

続き⇩


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?