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ThirdNorth 3 -深まる2人-

※この物語はThirdNorth 2 -近づく2人-の続きです。

例の2人に連れてこられた冷凍室では、10人程がそれぞれの持ち場に分かれ黙々と作業をしていた。
息が白くなるほどの寒さと緊張感すら感じる静けさに気圧されていると、ある区画に案内された。
「本業が肉屋だって聞いてるから慣れてる作業も多いと思うけど、分からないことがあれば彼に聞いてね」
そう言いながら解体部長なる恰幅の良い男性は作業台の向こう側にいる男性を指さした。
彼は一瞬だけこちらに目を向け、何事もなかったかのように作業に戻る。
「じゃ、あとはよろしく。」
寒さに身を縮こませながら足早に冷凍室を後にする2人。
俺が呆然と目の前で作業をしているその男性を見ていると、こっちへ来いと目で合図された。
俺が彼の隣へ行くと、彼は発泡スチロールから何やら肉の塊を取り出す。
そしてそれを作業台に置くと、慣れた手つきで文字通り”解体”を始めた。
骨から剥がされ筋が取られ、一口大に切り揃えられた肉たちは、恐らく1人前ずつ袋詰めされていく。
一通りの作業を見せた彼は、やってみろというように一丁の肉切り包丁と発泡スチロールを俺の前に出してきた。
俺は彼の手捌きを見よう見まねで再現し、何とか袋詰めまで終わらせた。
俺の様子を注意深く見ていた彼は袋詰めの出来を確認したかと思うと、ポケットからスマートフォンを取り出した。
そして何かを打ち込み俺に見せる。
「腕がいいな。これならすぐに昇給できるはず。」
「あ、ありがとうございます!」
俺が勢いよく頭を下げると、彼は親指を立て少しほほ笑んだ。

冷凍室にベルが鳴り響き、俺は彼に連れられ建物の外へ出た。
どうやら休憩時間らしい。
冷凍室にいた面々はそれぞれ思い思いの時間を過ごしている。
俺は彼にもらったコーヒーを飲みながら、ずっと聞きたかったことを訊ねた。
「あれって、何の肉なんですか?」
彼はしばらく考えてからスマートフォンに何かを打ち込み、画面を見せてきた。
「誰にも言わないと約束できる?」
なんだか怖くなりながらも恐る恐る頷く。
彼はまた打ち込み始めた。
「人肉だって聞いてる。借金苦で自殺した人とか、身寄りのない事故で亡くなった人とか、ここの秘密をバラした人らしい。その手のマニアは金持ちが多くて金になるんだって。最初は怖いと思うけど、そのうち慣れるから大丈夫。」
驚きはしたものの、不思議と怖さは感じなかった。
人だって動物だ、同じ肉に変わりはない。
作業再開のベルが鳴る。
事実を知ってもあまり反応のない俺に彼の方が驚いているようだった。

午前11時少し前、今日の作業が終わった。
彼に後片付けの仕方を一通り教えてもらい作業場を後にする。
更衣室で着替えていると、彼が近づいてきた。
「次回は3日後の同じ時間からだって。部長の感じだと、今度は違う部署になるかも。」
彼の話曰く、筋のいい人材は肉の調達から販売までを一人で任されるらしい。
そうなると給料も破格になるんだとか。
「それと、これが今日の分。」
そう書いたスマートフォンの画面を見せながら、彼は重みのある封筒を渡してきた。
中には俺が想像していた10倍近い額が入っていた。
この分なら半年もかからず返済できそうだな。
思わず口角が緩んでしまう。
そんな俺を怯えるような目で彼が見つめていた。


目が覚めると、見知らぬ部屋のベッドの上にいた。
体を起こすと、山積みな服が無理やり詰め込まれているクローゼットが目に入った。
どうやら昨日の食事に着ていく服を悩みに悩んだらしい。
そして僕が突然来ることになり、急いで片づけたのだろう。
「…可愛いな。」
思わず笑顔になった。

昨夜。
サードくんの声と温かさに思わず泣きだした僕に戸惑いながら、彼は僕をベッドに座らせ、落ち着くまで肩を抱き、頭を優しく撫で続けた。
しばらくすると涙も収まり、僕はなんとか平静を装い言った。
「急に泣いたりしてごめんね。ご迷惑をおかけしました。もう帰るね。」
足早にその場を去ろうとする僕の腕を強く握ったサードくん。
「あの、も、もしノースさんさえ良かったら、その…、泊まっていきませんか?」
突然のお誘いに呆然とする僕。
「ほ、ほら、もう夜も遅いし、バイクタクシーだって走ってないと思うし。ここら辺治安が良くないんで一人で帰ってほしくないんです…」
最後の方は蚊の鳴くような声だった。
そして…
「俺のベッドを使ってください!昨日シーツ洗ったんできれいだと思います!俺は床でもどこでも寝られるんで気にしないでください!」
そう早口に言うと、床に敷く布団を取りに寝室を出て行ってしまった。
呆気にとられながらも口角は自然と上がってしまう。
少しすると布団一式を抱えたサードくんが戻ってきた。
「どうぞどうぞ、遠慮せず使ってください!」
そう言いながらベッドの上の掛け布団を整えるサードくん。
僕はたまらなくなり彼に声をかけた。
「サードくん、一つお願いしてもいいかな?」
「はい!なんでも言ってください!」
彼はきらきらと輝く瞳をこちらへ向けながら、元気よく答えた。
「その…、隣で寝てくれないかな。」
「なっ!?」
この前僕がご飯粒を取った時と同じ反応をした。
不意を突かれた時の彼は、この上なく可愛い。
「サードくんさえ良ければだけど、今夜は誰かと一緒に寝たい気分なんだ。」
「お、俺なんかで良ければ…」
顔を真っ赤にさせながら俯くサードくん。
そんな彼の手を引き、ベッドに横たえる。
彼の腕に頭を乗せ、胸元に顔をうずめる。
彼は優しく僕を包み込んだ。

しばらくして、僕はサードくんの顔を見上げながら言った。
「実は、まだ言ってなかったことがあるんだ。」
「なんです?」
彼は僕の顔をまっすぐ見つめた。
「サードくんの声、僕の兄貴にそっくりなんだ。」
「…へぇー。」
「だから、サードくんと話してると、兄貴と話してるようで安心できるんだ。」
「そうなんですね…」
少しの沈黙が流れる。
そして、
「俺は、お兄さんと同じくらい、いや、お兄さんよりもノースさんを大事にします。」
「それってどういう…」
「好きに受け取ってください。」
恥ずかしそうにそう言うと、目を閉じ僕を抱き締め直した。

はじめこそ緊張していたものの、サードくんは僕より早く寝息をたて始めた。
何かいい夢でも見ているのか、時折にこにこと嬉しそうな顔をする。
そんな姿を見ていると、こちらまで幸せな気持ちになってくる。
彼の頭をそっと撫で、額にキスをする。
「ファンディーナ(タイ語で「良い夢を」の意味)、サードくん。」

サードくんとの距離が近づくにつれて、親しくなるにつれて、僕は彼に近づいた目的を忘れることが多くなっていた。
彼に近づいたのは、彼の声が兄貴のサウスと瓜二つだったから。
父からの終わることのない虐待を受け続け、生きる希望のなかった僕はいつしか兄貴を生き返らせることだけが生きがいになっていた。
そんなことは無理だと心のどこかでは分かっていた。
でも世界中で唯一僕の味方だった兄貴のいない世界に、生きる意味はなかった。
兄貴が息を引き取る直前、僕は兄貴に言った。
「僕も一緒に行く!」
兄貴は僕の頭を撫でながら言った。
「ノースは俺の分まで生きるんだ。つらくても、生き続けるんだ。そしていつか再会した時に、それまでの色んなことを聞かせてほしい。どうか元気で。」
そう言い残し冷たくなり始めた兄貴の胸に顔をうずめて、僕は泣きじゃくった。
そして誓った。
兄貴と再会するために、何としても兄貴を生き返らせる。
そのために、これまで兄貴の腕や脚、胴体を集めて繋げてきた。
長いことホルマリンに漬けているから匂いは酷いけど、あのちょっとガサツな兄貴ならきっと許してくれるだろう。
首から上は中々市場に出回らないのと納得できるものに出会えなかったので、これまで兄貴を完成させられなかった。
そんな時、サードくんと出会った。

最初はさっさと事故にでも見せかけて処理してもらい、その瓜二つな声だけ貰おうと思っていた。
しかし声が聴きたくて何度も彼のもとへ通っているうちに、サードくんに対する好意的な感情が芽生えるようになっていた。
一見すると物静かで落ち着ているようだけど、意外と表情豊かだし、器用ではないけど誰に対しても分け隔てなく優しいし、まっすぐに思いを伝えてきてくれるし…
いつの間にか、手に入れたい”もの”から大切にしたい”人”へと変わっていた。


自宅へとバイクを走らせながら、ノースさんと過ごした昨夜に思いを巡らせる。

昨夜遅く。
ふと目を覚ますと、隣で寝ているノースさんがうなされていた。
小さく丸まり震えながら固く目を閉じ、必死に何かに耐えているようだった。
「ごめんなさい…、ごめんなさい…」
大量の汗をかき微かに聞こえる声で謝り続けている。
たまらなくなった俺はノースさんを抱き寄せ、
「大丈夫。大丈夫。大丈夫。」
とそっと背中をさすった。
俺の言葉が届いたのか、ノースさんの強張りは少しずつほぐれ、穏やかな表情になっていった。
そして俺の胸に顔をうずめ、静かに寝息をたて始めた。
そんなことが朝方まで何度もあった。
「普段ちゃんと寝られてるのかな、ノースさん。」
苦しむノースさんを落ち着かせることができて嬉しかった反面、心配にもなっていた。

家に着き玄関の扉を開けると、部屋中がガパオライスのいい香りで溢れていた。
「おかえり、サードくん。」
ノースさんは丁度シャワーから出たところらしく、洗面所から顔を覗かせた。
今回は胸元の傷跡を隠していなかった。
「ごめんね、勝手に台所とシャワーをお借りしました。」
服を着ながらノースさんが言った。
「いえいえ、好きなだけ使ってください!というか、ご飯作ってくれてありがとうございます!」
俺たちは向かい合って座った。
「ガパオライスで良かった?」
「はい、大好きです!」
空腹で今にも倒れそうだった俺は、あっという間に平らげてしまった。
「ごちそうさまでした!めちゃくちゃおいしかったです!」
「それは良かった。」
嬉しそうなノースさんにおいしいご飯、最高の午後になりそうな予感がした。

ふとノースさんのスマートフォンに着信が入る。
「少し寝室を借りてもいいかな?」
「いいですけど…」
俺が言い終わる前にノースさんは寝室に消えて行った。
しばらくすると電話を終えたノースさんが寝室から出てきた。
さっきまでの幸せそうな笑顔はどこかへ消えていた。
「何かあったんですか?」
恐る恐る聞いてみた。
「うん。実は、急に仕事で海外へ行かなきゃいけなくなって…」
「え…」
青天の霹靂とはまさにこのことを言うのだろう。
ノースさんも初耳らしく、ショックを受けているように見えた。
「…どのくらい?」
「短くて半年、長ければ1年くらい。」
「…いつから?」
「明後日の飛行機で発つ予定だって。」
「そんな…」
俺が言葉を続けるより先に、ノースさんが俺を抱き締めた。
固く抱きしめ静かに俺の肩を濡らす。
俺も負けじと抱きしめ返すと、涙が止まらなくなった。


どのくらい時間が経っただろう。
僕以上に涙を流していたサードくんは、いつの間にか僕の肩にもたれながら寝息をたてていた。
なんて愛らしい寝顔なんだろう。
幸せな時間がもうすぐ終わってしまう。
そう思うとまた涙が出てきた。

ふとサードくんが目を覚ました。
泣き腫らしたのと寝起きなのとが相まって、とろんとした焦点の合っていない目で僕を見つめた。
たまらなく愛おしかった。
「ごめん、起こしちゃった?」
そう言いながら彼の頭を優しく撫でる。
彼は小さく首を振った。
そして、
「ねえ、ノースさん。」
「ん?」
「明日、デートしましょう。」
「デート?」
「はい!会えなくなる前に、一緒に色んな所に行って、おいしいものを食べて、思いっきり楽しんで、たくさん思い出を作りましょう!そうすれば、会えない時も寂しくない!…ですよね?」
「そうだね、明日デートしよう!」
「よっしゃぁ!」
満面の笑みでガッツポーズをするサードくんにつられて、僕も拳を突き上げた。
明日が楽しみなんて、生まれて初めての感覚だった。


続き⇩


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