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ThirdNorth 5 -こちらも出会う2人-

※この物語はThirdNorth-交わる2人-の続きです。


「乗って。」
そう言いながらヘルメットを差し出す青年。
「えっ…?」
「いいから。俺の家に来たいんでしょ?」
青年からヘルメットを受け取った男性は、恐る恐るそれを被りバイクの後ろに乗り込む。
「しっかり掴まって、スタンドさん。」
「わかった、アップくん。」
男性は青年の腰にしっかりとしがみついた。
そうしてバイクは繁華街の暗闇に消えて行った。


コン、コン、コン。
「はーい、どうぞ入って。」
穏やかな声に導かれるように入室する。
「さぁ、掛けて掛けて。」
そう言って社長は革張りのソファを指した。
僕は促されるまま腰を下ろす。
「今期もよく頑張ってくれたねぇ。」
コーヒーを差し出しながら社長は僕を労った。
入社して約5年、ようやく結果を出せるようになってきた僕を社長はずっと応援してくれていた。
「ありがとうございます。社長のおかげです。」
「いやいや、スタンドくんが頑張ってきた結果だよ。これからもよろしくね。」
そう言っていつも通り握手を交わす。
社長室をあとにして、自分のデスクに戻る。
社長のみならず、同僚や家族からも今季の業績を称えられ、この1週間ほどとてもいい気分で過ごせていた。
あの電話がかかってくるまでは。


目が覚めて時計を見る。
「まだ昼にもなってないのか…」
俺にしては早起きだったから二度寝をしようと微睡んでいると、けたたましい音でスマートフォンが鳴った。
「もしもし、朝からなんすか…」
「もう昼だけどな。急なんだけど、1件引き受けてくれないか?」
「今起きたばっかなんでまた今度に…」
「報酬は『5』だって。」
「…わかりました、やります。詳細送ってください。」
「そう来なくっちゃ!じゃあよろしく!」
あっという間に切れる電話。
「相変わらず人使い荒いんだよなぁ、あの人。」
文句を言いながらベッドから這い上がり、シャワーを浴びに洗面所へ向かった。

俺の仕事は「社会のゴミを処理する掃除屋」。
どんなシステムなのか頭の良くない俺にはわからないが、どこかから誰かを処分してほしいという依頼が来て俺が引き受ける。
標的の難易度やオプションなどにもよるが、1件担当するだけでかなりの額が支払われる。
今回はある著名人を揺すっているチンピラ3人が標的らしい。
俺はいつもの革ジャンを着込み、足首にナイフを仕込んだ。


「も、もう勘弁してもらえませんか…」
「えー、何言ってんのスタンドくーん。お給料いっぱいもらってるんでしょー?俺らにも還元してよー」
電話口からは嘲笑している声も聞こえてくる。
奴らの声を聞くと、胃がキリキリと痛くなってくる。

奴らは高校の同級生だった。
僕は主席の生徒会長、あいつらは落ちこぼれのヤンキーで3年間殆ど接点がなかった。
しかし卒業式を間近に控えたある時、事件が起きた。
「俺、スタンドのこと、ずっと好きだった。良かったら付き合ってほしい。」
昼休みに図書館へ呼び出された僕は、親友だと思っていたウィルから突然告白された。
僕たちはお互いにゲイであることを知ってはいたが、まさかウィルに好かれているとは露ほど思っていなかった。
でもこいつとなら上手くいく気がする。
「わかった。改めて、よろしく。」
僕の答えに一気に表情が明るくなるウィル。
そして僕を力一杯抱きしめ、肩に手を置いた。
「キス、してもいい?」
僕が頷いたのを確認すると、ウィルはゆっくりと唇を重ねた。
緊張で小刻みに震えていた彼の唇。
その時、シャッター音が鳴った。
窓の外で奴らの一人がカメラを向けていた。

そこから先は予想通りの展開になっていった。
奴らは俺たちの写真を拡散しない代わりに金をせびってきた。
ウィルも僕もゲイであることがバレるのだけはどうしても避けたかったため、奴らの要求をのんだ。
高校を卒業しても、大学を卒業しても、社会人になった今でも、奴らのせびりは止まなかった。
そのせいで、結局僕は一日もウィルと付き合うことなく離れることとなった。
彼も今でも奴らに苦しめられているのだろう。
そう思うといたたまれなくなるが、同性愛者であることがバレる方がその何倍も怖く、何もできずにいた。
「じゃあいつもの場所で。たんまり持って来てね、スタンドさん。」
電話は一方的に切られた。


繁華街の狭い路地裏。
標的の3人は誰かを待っているようにたむろしていた。
俺が少し離れたところから見ていると、少しして見るからにこの辺りには不釣り合いな品のある男性が現れた。
「おぉー、スタンドさーん。待ってたよ?」
標的のリーダー格と思われる奴がその男性の肩に腕を回す。
「お、お待たせしました…」
男性は苦しそうな笑みを浮かべながら言った。
仕事上、何度かこういった状況に遭遇したことがあったからすぐに察しがついた。
「もう本当に勘弁してくれませんか…」
男性が必死にワイをしながら訴えたが、奴らは耳を貸さなかった。
「何言ってんの、スタンドさーん。俺らのためにもっともっと稼いでくれなきゃ。」
「そーだよ。ゲイだってこと、会社の人とか家族にバラしちゃうよー?」
標的の一人の言葉で、俺の中の堪忍袋の緒が切れた。
足音を立てず奴らに近づき、躊躇なく首元を掻き切る。
奴らの首元からは噴水にように血が溢れ出し、3人ともあっという間にこと切れた。
「…あ、ありがとう。」
「…は?」
予想外のお礼の言葉に俺は拍子抜けした。
「い、いや、助けてくれたんでしょ?」
「…違いますよ。俺は仕事でやっただけ。」
そう訂正しながら勘違いをしている彼を見上げると、心底ほっとしたような柔らかな笑みを浮かべていた。
「仕事…。でも、ありがとう。助かりました。」
彼は俺に頭を下げた。
この仕事をして感謝されることなんてなかったから、どうも調子が狂う。
「別にあなたのためじゃないから。それに、このことを口外したら今度はあなたが標的ですからね。」
「わかった。僕たち2人だけの秘密だね。」
彼にペースを乱されどうしたら良いかわからなくなった俺は逃げるようにその場を後にした。


1週間後。
思わぬ助っ人の登場により、僕の一番の悩みがあっさりと解決した。
なぜ彼が奴らを処理したのか真意は定かではなかったけれど、どうしてももう一度会って感謝を伝えたかった。
そんな時、偶然彼を見かけた。
映画館の前に貼られている現在上映中のポスターを見ながら何かをしきりに悩んでいるようだった。
「このシリーズ、前作は正直微妙だったからね。」
「そうなんですよ、あの監督だから期待してたのにガッカリで…」
そう言いながら嬉しそうにきらきらした瞳でこちらを見上げた彼は、話の相手が僕だと気づくと心底驚いたような表情になった。
「え、なんでここに…」
「僕もこの作品を見に来たんだ。どうやら君もみたいだね。」
「いや、別に俺は…」
そう言って逃げ出そうとする彼の腕を掴む。
「どうせなら一緒に見ようよ。この前のお礼も兼ねて僕がチケット買うからさ。」
僕の言葉に一瞬嬉しそうな表情を浮かべた彼だったが、すぐに我に返ったらしく、仏頂面に戻した。
「いや、礼なんて要らないです。」
「そう言わずに。」
僕は彼を強引に連れ立ち映画館へ入った。

上映後。
鑑賞前の心配が杞憂に終わるほど素晴らしい続編だったようで、彼は言葉を失っていた。
そのまま何を言うでもなく喫茶店に入り、気持ちが落ち着き彼の言葉が出てくるのを待った。
「…良かったですね。」
彼が言った。
その後、彼は延々とその映画に対しての想いを語った。
僕も映画が好きな方ではあったが、彼の熱量には到底及ばなかった。
しばらくして、途端に彼が押し黙った。
「どうしたの?」
「どうしたのって…。よく飽きずに聞いてられますね。」
「いやぁ、あまりにも君が嬉々として話すから、つい聞き入っちゃった。本当に好きなんだね。」
彼は恥ずかしさからか、耳まで真っ赤になった。
「なんかすいません…」
「いやいや、いろいろ勉強になって嬉しいよ。もし良かったら、この作品についてもう少し教えてくれないかい?」
途端に彼の瞳が輝いた。が、すぐに努めて仏頂面になった。
「別にいいっすけど…」
「じゃあ決まり!今夜君の家で観賞会をしよう。」
「…くて、アップです。」
「ん?」
「君じゃなくて、アップです。」
「アップくん。僕はスタンド。よろしくね。」

6話に続く


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