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博士と犬とロック。 [ショートストーリー]

SLUSH

未だによくわからない終わり方をした恋がある。もう何年も前のことなのにわからない。わたしにはその理由が…わからない。自惚れているのではないと思いたい…。

わたしはのらりくらりと結局,大学院まで行って好きなことを続けて博士号とって研究者として働いている。なんかえらそうに白衣だって着る。だからって恋をしなかった訳ではない。夢中になって全てがおろそかになって盲目にもなった。今も恋人はいて不自由はない。でもたまになんか昔聞いていた曲や香水やらが五感を通じて入ってくると色の赤っ茶けた世界がチラつく事がある。

15年をたった1人に文字通り捧げることはこれまでもこれからもないだろう。

大学進学のため田舎から上京して,大学の同じ講座で2回生の頃からなんとなく一緒に過ごす時間が増えていった軽音サークルの人。大学・音楽・恋というフラグのたつ,ありきたりな話でまぁまぁ最低な話。

わたしは今までそんなに意識してロックを聞いたことはなかった。エレクトロニックな歪みのかかった音には無縁だった。そういう音楽は怪訝なものだと思っていた。

しかしわたしは,歴史とともに分化する音や人のつながり,流行りや廃り,ヤンギの情報と,嬉々として君が毎週用意してくれる音楽の海に浸かっていった。CDケースの薄いプラスチックがぶつかり合ってなるチープな音が嫌いじゃなくなっていた。

校内の講堂のカーテンはクリーム色だったと思うが,夕方のオレンジ色のカーテンしかもう思い出せない。同期と色々と話していた風景はなんとなくみえて音はあるが認知できない。でも充実していた気がする…。質感としては埃っぽいオレンジ茶色っぽいカラカラな空間にいる状態。でも一瞬しか画は過ぎらない。◀︎◀︎(巻き戻し)もできない。ちょっと喉元が苦しい。

わたしが大学院進学後も君は音楽を創り続けていた。それでよかった。ちょっと山の方の安い古民家に移って犬も飼いはじめた。朝散歩に出て,通学して夕方帰宅して,夕方散歩のついでにスーパーで買い出しして夕飯作って一緒に食べる。時には君の仲間内を招いて騒ぐ。本当にそれでよかった。

収入は少ないけれど楽しく生きてはゆけた。2人と1匹で十分だった。わたしには研究があったし,君にはロックがあった。

大学院の博士課程進学後も同じ生活が続いた。君の姉と妹が授かり婚をした。わたしはこのままでよかった。好きなことを好きなようにしていてほしかった。

わたしはどこまでいってもそばにいるつも…りだった。そこに短期留学のチャンスが巡ってきた。たった半年。

もうLINEもSkypeもあったし,コミュニケーションで困ることはないと思っていた。でも…みえない毒にのまれてしまった。わたしの方が。

そういえばこんなに長い間・長い距離,いっしょにいなかったことがなかった。だからって理由にはならないが,外の世界と比べ出してしまった。

浮気もしたし嘘もついた。他と比べたし軽蔑もした。疑ったし呆れたこともあった。一緒にいるのはやめようと突き放しもした。それでもぬるま湯の恋が続くと思っていた。なぜか。

言い放ったわたしを追いかけてきてくれた。すがってくれた。なんかちゃんともとに戻ったような気がしていた。

でも全然音楽に触れていない君に気がつかなかった。

そして,犬も死んじゃった。

でもわたしは無音ではなかった。失った犬のおかげで精神は崩壊しかけ,さらに博論のまとめもあって,頭頂に500円玉ほどのハゲもできたが,大学院を修了して就職した。自分のしぶとさにゾッとした。いちおう安定して一緒に過せる道がみえたと思った。本当にそう思った。しゅふだって歓迎とすんなり考えていた。君には本当に何も期待していなかったし,求めてこなかった。いっしょにいるもんだと思っていた。

だから理由がわからない。

ねぇ。もしあの時,時間が欲しいと言われた時にわたしが期限なんて設けなければ終わっていなかった?カナダ留学がツラいって弱音をLINEでグチらなければ終わっていなかった?何もしなくていい。音楽つくって過ごしたら?なんて言わなければ終わっていなかった?もっと一緒にお金に困っていれば終わっていなかった?結婚してようって言っていれば終わっていなかった?もっともっと何をしなければ,何をすれば終わっていなかった?

習慣はなかなか抜けないもので,わたしは今でも爆音でロックを聴く。もう山の中に住んでいないから,ノイズキャンセリングのきくちょっと高いヘッドホンで聴く。音楽を背景に深く意識に潜る=ダイブするには母国語ではない歌詞の方がいい。歌の意味を瞬時に理解できない方がいい。エレクトロニックなギターソロがガッツリないている方がいい。できれば怪訝なくらいのうるささの方がいい。変拍子ならもっといい。

ガッカリしたのならそう言って欲しかった⁈

わたしの方が高収入で社会的地位もあって田舎だけど家柄もある。子どもも動物も好きだし人当たりもいいし,口うるさくない自信もある。多くの知人もルックスはわたしの方がうえだってさ。

色々なことを考え出すと涙がとまらない。嗚咽を込めて泣くことだってある。自分を責めてまた涙が出る。こんなにも自分が情けないなんて。

こんな状況で大泣きしているときに昔聞いていた曲や香水やらが五感を通じて入ってくると,本当に瞬時に心臓がヒュッとなって背筋が冷たくなる。着うたにしていたSweet Child o' Mineなんかきたら吐くことになる。きっとこれは病なんだと思う。生活習慣病。

繰り返しという反復が,ヒトの好きを創る。繰り返しの頻度がヒトの行為の得意と不得意を分けるって脳科学の研究結果が証明しているらしい。

別に強要もしないしおススメもしない,聞かれてもそうは答えないけれど,わたしはたぶんロックが好き。


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