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調査報道のプロは、いかにして事件の深層にたどり着くのか

あのバブルはなぜ崩壊し、失われた時代を招いたのか。戦後最大のマネー敗戦となったバブルの検証のために、克明な記録を残そうと二人の新聞記者が挑んだのが『バブル経済事件の深層』(岩波新書 2019年)です。
著者の一人で朝日新聞編集委員(インタビュー時、現在は上智大学教授)の奥山俊宏さんは、調査報道で優れた実績を残してきた記者です。奥山さんに「バブルの実態」と、長年培ってきた彼ならではの取材手法などついてお聞きしました。
(聞き手:SlowNews 熊田安伸)

「バブル」をライフワークにした理由


熊田 奥山さんは平成元年に朝日新聞に入社し、私は平成2年にNHKに入局しました。長らく社会部記者として、バブル崩壊の過程を見てきたわけですが、改めてバブル時代に起きた経済事件を描き出そうとされたのは、なぜですか。

奥山 バブルを扱った文献のほとんどは、経済や経営を専門とするジャーナリストや研究者たちによるもので、私たちのように事件を専門とする記者による著作は、事件の摘発当時のものに限られていました。人間の業のようなものに分け入ってミクロのレベルからバブルを明らかにする本が後世に残されるべきだと思いました。

朝日新聞の先輩記者で共著者の村山治さんは、当時の大蔵省や捜査当局に所属した人たちや、事件の当事者に豊富な人脈を持つ当代きってのジャーナリストです。彼とバブル事件を描き出すことで、その深層にたどり着けると考えました。

奥山俊宏氏

熊田 同著が出版されたのは平成の最後の月、2019年4月でした。まさにバブルが崩壊の過程をたどった平成を締めくくった作品です。記者人生のスタートはどのようなものだったのでしょうか。

奥山 バブルが絶頂期を迎えたころに記者をはじめました。初任地は茨城県の水戸支局。その後、福島でも過ごしました。

いま、あちこちで山林を造成して太陽光発電所が乱立しているように、当時はゴルフ会員権を売れば何百億円ものお金を集めることができたので、東京から車で行ける茨城県や福島県ではゴルフ場が雨後の筍のごとく開発されていました。乱開発を防ぐために土地を売買するのに国土法の規制があったのですが、そうした規制をかいくぐるために開発者たちは地元の自治体の政治家や役人にカネを渡していました。市長や役人たちが次々に逮捕されていく様が、強烈な印象として残っています。

茨城、福島で5年過ごした後、社会部の記者となって東京で捜査当局の取材を担当し、大阪でも事件の裁判を傍聴しました。記者としての30年あまりの前半はバブル崩壊の取材に明け暮れたわけで、思い入れはとても深いですし、ならばバブルの顛末を最後まで見届けたいと考え、ライフワークとなりました。

「レジェンド」とタッグを組んだわけ


熊田 社命ではなく、ご自身の興味としてこれまで取材を続けられたのですね。

本書の第2章で登場するEIEインターナショナル(EIE)の高橋治則さんは、後に続く金融破綻の口火となった2つの信用組合の破綻を機に、その乱脈融資の責任を問われ、95年に東京地検特捜部に逮捕された。EIEは、バブル崩壊後の経営危機にさらされて救済を名目に乗り込んできた日本長期信用銀行(長銀)とも、後に海外の法廷で熾烈なバトルを繰り広げました。本書を読んでいて共著者の村山治さんの、高橋さんや当局への取材力には驚かされます。

奥山 私が村山さんに連れられて高橋さんに初めて会ったのは、2つの信用組合が破綻してまだ間もないころでした。高橋さんは渦中の人ではありましたが、逮捕されるより前のことで、自然体の穏やかな物腰が印象に残っています。高橋さんは村山さんに大蔵省との関係とか質問されたことを詳細に率直に答えていました。ぼそぼそとした聞き取りづらい声でしたが、それこそ接待の中身まで赤裸々に語っていて、そんなことまで村山さんに話してこの人の何の得になるのだろうかと私は内心ではあっけに取られていました。高橋さんという人は本当に正直で隠しだてをしない人なんだなという印象を受けたくらいです。いま振り返れば、きっと高橋さんは、村山さんを相手にウソを言っても見破られるだけだから、ちゃんと説明して理解してもらったほうが得策だと思ったのでしょう。

村山さんは当事者だけでなく当局の内部資料も引き出してくる。直感も鋭くて、すべてお見通しという感じです。記者として村山さんのやることなすことにはいつも驚きをもって接していました。

村山治さん(左)と日本記者クラブで開かれた記者ゼミに登壇(2021年2月)

熊田 私もバブル紳士の取材をしたことがありますが、彼らはそう簡単には取材に応じてくれません。いつも朝日新聞の記事を敗北感と共に驚きを持って読んでいました。村山さんがいかに当局にアプローチしていたかも本書の見所の一つですが、一方で奥山さんは、バブル事件の裁判記録をはじめ第一級の資料を収集してこられました。

奥山 検察当局や大蔵省の官僚に深く食い込んでいた村山さんとの共著でなければ、描けないものを書きたかった。私は第1章で登場する尾上縫さんの裁判を傍聴し、また膨大な資料を溜め込んでいました。彼女の経営していた店や現場を歩いてもいます。村山さんの取材で届いていないところを私のほうで補完できると思いました。

数兆円を動かした「謎の料亭の女将」の正体は


奥山 大阪・ミナミの料亭の女将の尾上縫さんが、詐欺で逮捕されたのは91年。逮捕容疑では、「産業金融の雄」と謳われた日本興業銀行とそのグループは、尾上さんに巨額の融資を騙し取られた被害者でしたが、彼女の破産管財人が提起した民事訴訟では、興銀グループは非常識な「逆ざや金利」の取引で尾上さんから財産をむしり取った責任を追及される加害者でした。

彼女が逮捕された時、興銀グループから彼女への融資残高は2295億円でした。興銀以外の金融機関を含め、貸しては返してもらう取引の繰り返しで融資の累計総額は2兆7000億円を超えています。そんな融資が料亭の女将、一個人になされたのは、なぜなのか。

私は裁判資料などを紐解いて、日本興業銀行の問題にアクセスできました。さらに村山さんの取材で当時の近畿財務局と大阪地検が手を結び、尾上逮捕に至ったいきさつが見えてきた。村山さんとの共著としたことで、単なる料亭の女将の詐欺事件ではなく、日本の金融システムの問題として、尾上縫の事件を普遍化できたと思います。

熊田 逆ざや金利での融資に加え、数兆円と言われる融資があまりにも荒唐無稽で、当時は尾上さんの背後に反社会的勢力がいると言われ、怪文書も飛び交っていました。しかし、取材や記録からは反社の存在は見当たらなかったということですね。

奥山 はい、尾上さんはただの料亭の女将で、おかしな背後関係はありませんでした。株の投資をはじめてどんどん融資が下りてくる状態。証券マンや銀行マンからチヤホヤされて、彼女は狂わされてしまった。金融の信用創造機能を使って、いかに金融マンたちが暴走したかを示す事件でした。そこにバブルの教訓の一端があると思います。

「裁判記録」はオープンソース 究極の取材ツールだ


熊田 第3章の大和銀行事件(95年発覚)は、ニューヨーク支店で発覚した1100億円もの損失をめぐる情報開示の問題が指摘されています。大蔵省が「箸の上げ下げまで指導する」といわれた時代に、その呪縛に囚われた経営者の判断でアメリカ当局への報告が、2ヵ月遅れました。

結果、アメリカの裁判で約358億円の罰金が科されたうえ、大阪地裁での株主代表訴訟の判決では頭取や副頭取たちに対して約830億円を支払うよう命じられました(後に和解)。衝撃的な株主代表訴訟の判決を奥山さんは、その場で聞いてらっしゃったのですね。

奥山 判決を傍聴した記者たちはみな驚いていました。私はバブルの検証のためにこの裁判をその前から取材し、元副頭取の尋問も傍聴していました。この判決を半ば予測できたことで、大阪の社会部を、大手を振って歩けるようになりました(笑)。

訴訟記録を閲覧すると、頭取や副頭取らの陳述書に事の経緯が詳細に書かれていた。また尋問も事細かなディテールに溢れていて、これは面白いと思ったのです。当時、判決前に訴訟記録にアクセスし、事件の詳細を知っていた記者は私だけだと思います。

熊田 なるほど、やはり裁判記録は究極のオープンソースですね。司法記者でも当時は裁判記録にアクセスする発想はあまりありませんでした。裁判記録が使えると考えたきっかけは、どういうものだったのでしょうか。

奥山 99年に日本興業銀行と国税庁が争っている訴訟の記録を閲覧しました。膨大な量のファイルがあった。その中に住宅金融専門会社(住専)の「再建計画」に関する大蔵省銀行局の行政指導の記録があってそれが驚くほどひどい内容で衝撃を受けました。「再建の作文を勧進帳的につくって関所を越えたい」とか「シナリオを通すための方便」とかの大蔵省高官の言葉が興銀の記録に残っていて、住専問題がこじれた原因がよく分かりました。この時、訴訟記録はかなり使える資料だと確信しました。その後、尾上縫さんの訴訟の記録なども閲覧して、克明な記録を閲覧するのが楽しくなったのです。

熊田 奥山さんは今、ほんとうの裁判公開に関する有志の勉強会にも参加しておられます。

奥山 訴訟記録は事件や時代の検証に必須の資料であり、後世に伝えるべき史料です。しかし、その訴訟記録の多くが廃棄されているという現状がありました。朝日新聞で『廃棄される訴訟記録』の具体的な実情を明らかにする記事を何本も出し、共同通信でも澤康臣記者が全国調査結果を記事にして出し、国会での追及もあって、最高裁が動いてくれました。今では裁判所も検察も重要な訴訟記録のほとんどを永久に保存するようになりました。

熊田 それは社会的な意義が大きいですね。また、大和銀行は米当局への報告が遅れ、それが隠蔽を意図していたと断罪されました。こうしたアメリカのディスクロージャー(情報開示)への厳しい姿勢は、その後、日本にどのように影響したのでしょうか。

奥山 日本の特捜検察は、ロッキード事件やリクルート事件のように、金銭の授受や利益提供を贈収賄の罪で立件することに特に力を入れてきましたが、大和銀行事件を経て2000年代に入るとそれまで「形式犯」と揶揄されていたような「虚偽記載」での立件が増えていきます。

たとえば、民主党で権勢を誇った小沢一郎さんの秘書が逮捕された政治資金収支報告書の虚偽記載事件では、小沢さんは「実質的犯罪はしていない」「なぜ私のケースだけが、単純な虚偽記載の疑いで、突然、現行法の精神と原則を無視して、強制捜査を受けなければならないのか」と主張していました。その気持ちは分かります。しかし、形式的な犯罪に見えるかもしれませんが、成熟した民主主義や市場経済を担保するために、情報開示の不備や不正が重大な問題として意識されるようになったのです。それは時代の変化です。

「国策捜査」をどう考えるか


熊田 第4章の日本債券信用銀行(日債銀)の事件も、有価証券報告書の虚偽記載の罪が刑事裁判で争われました。国民負担で不良金融機関を退場させ、経営陣の責任を追及するのは、国を挙げての一大事業でした。経営陣の刑事責任追及は、「破綻した金融機関の株主及び経営者等の責任を明確にするものとする」と掲げられた金融再生法の3条に基づく、いわゆる「国策捜査」でした。

奥山 はい、嫌疑をかけられた日債銀の元経営者たちは、背任もしていなければ、お金をかすめ取ったわけでもありません。逆に会長で後に東京地検特捜部に逮捕された窪田弘さんは、大蔵省から日債銀再建を託され、国のために、ともに金融危機を防ごうと働いた。それなのに逮捕されました。

こうした国策捜査を「スケープゴートを作る恣意的な国策捜査だ」とマスコミも含めて捜査当局を批判する論調がありますが、私はそうは思いません。

問題は情報開示です。不良債権をそうでないように見せかけてその損失を隠すこと、不良債権のありかを見えづらくし、損失処理を先送りさせてしまったこと、これがバブルの処理を長引かせ、景気をますます悪化させ、失われた20年を招いてしまった要因だと思います。

日債銀の窪田さんらは一審で有罪となりますが、最高裁で差し戻された後の控訴審で逆転無罪となりました。窪田さんが日債銀に来られた経緯や取り組まれたことを知る人は「良かった」と言い、私も心情としてはそう感じます。しかし、不良債権の処理を先送りし、その損失を見えづらくした人たちの責任が軽いとは私は思いません。もっとも重い責任があるのは大蔵省ですが、銀行の側でもやはり何らかの経営責任が問われないとおかしい。

会社が破綻したら株主や債権者、金融機関ならば預金者がそれぞれ応分に責任を負うのが資本主義の原則です。自己責任の原則です。バブルの金融破綻では株券は紙くずになって株主は責任を負いましたが、債権者や預金者は公費で保護されました。公費で保護したということは、すなわち、何の責任も負う立場にない将来の納税者に負担が押し付けられたのです。これだけでも市場の原則を歪めているのに、さらに経営責任まで問われないとなると、モラルハザードを引き起こしてしまいます。

経営者は乱脈融資で破綻しても国が救ってくれると考えるでしょう。損失を隠して問題を先送りし、いつか景気が回復して問題を解消できるかもしれない可能性に賭けてみようと考えるでしょう。そうした無責任な判断がその経営者個人にとっては合理的な判断であるということになってしまいます。そんな経営判断が合理的であるようなところでは市場や経済は歪んでいくでしょう。経営陣の刑事・民事の責任を問う必要があります。だから「国策捜査」は行われたのです。

例えば、2011年の福島の原発事故では、東京電力の経営陣に対して検察は逮捕も起訴もせず、政府は一切、彼らの責任を問うていません。これでは、いつ来るか分からない津波対策のために何百億円も使って堤防をつくるより、何もしないほうがお得ということになる。こんな経営判断が合理的になってしまうことを許してはいけない。東京電力に司直のメスがきちんと入らないことが「国策捜査批判」の影響を受けているとしたら、バブルの教訓が正しく生かされていないと思います。

写真:田川基成 構成:藤岡雅

(初出:2021年9月15日)

奥山俊宏 上智大学新聞学科教授

1966年、岡山県生まれ。1989年、東京大学工学部卒。朝日新聞社入社。福島支局、東京社会部、大阪社会部などを経て特別報道部。インタビュー時は編集委員。2022年4月より上智大学新聞学科教授に。『秘密解除 ロッキード事件――田中角栄はなぜアメリカに嫌われたのか』(岩波書店)で司馬遼太郎賞(2017 年度)受賞。福島第一原発事故やパナマ文書の報道も含めた業績で日本記者クラブ賞(2018 年度)受賞。その他の著書に、『内部告発の力』(現代人文社)、『ルポ 東京電力 原発危機 1 カ月』(朝日新書)など。(出典:『バブル経済事件の深層』岩波新書)