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スクープ「ウイグル不妊強制か」の内幕 中国の監視下でいかにして報じたのか

 中国・北京。

 入国後、中国側が用意したホテルでの隔離期間を終え、私は官庁街にある西日本新聞社中国総局の小さなオフィスを根城にして取材活動を始めていた。日本で多少は勉強してきたとはいえ、まだ中国語は十分に聞き取れない。現地スタッフの手を借りて、数日に1本のペースで「コロナ禍の中国」などをテーマにした記事を書き、日本に送っていた。

 私にはどうしても取材したいテーマがあった。新疆ウイグル自治区のことだ。「人権弾圧が行われている」と欧米のメディアが指摘しているが、何としてもその実態を自分の目で確かめたい。タイミングを見計らって現地に入ろうと考えていたが、新型コロナウイルス対策の移動制限などで、果たせずにいた。

 そんなある日、オフィスに突然、男が現れた。見たことがない顔だ。そもそも日本の新聞社のオフィスをわざわざ向こうから訪ねてくる人物など、着任してからは初めてだった。

 一体、何者なんだ――。

転機 見知らぬ男の訪問

 50代半ばくらいに見える背の高い男だ。

「ちょっといいですか」というようなことを言いながら、さも当然であるかのような様子でオフィスに入ってきた。言葉が理解できないので、慌ててスタッフに問い合わせる。

 どうやら、このあたりのオフィスをめぐっている行商人のようだった。取り扱っている商品は図鑑や書籍。中国共産党や中国政府の要人一覧表をはじめ、外国メディアが好みそうなものが少なくない。男が手に持っていた、広辞苑のような分厚い冊子が目にとまった。

 タイトルは「中国統計年鑑2020」。中国の国家統計局が毎年発行しているもののようだ。

 驚いた。中国といえば、「よらしむべし、知らしむべからず」(為政者は人民を従わせるだけで、その理由を説明する必要はない)の情報統制国家というイメージがあったからだ。こんな精緻な統計を公表していたのか。「統計年鑑」は厚さ約5センチ、935ページにわたり、人口動態、国民経済、雇用、物価、財政、貿易、農業、工業、環境、教育、医療、社会保障など分野ごとに膨大な数値が2ミリほどの小さな文字でびっしりと記されていた。

 値段は588元(日本円にして約1万円)と、ちょっと高かったが、迷わず買うことにした。男は代金を受け取ると、笑顔を浮かべて去っていった。

 ページをめくる。そうか、この国はそもそも世界最古の官僚国家だ。これだけの統計をまとめられる背景には、基となるデータが各省や地域ごとに存在しているに違いない。それならば、新疆ウイグル自治区のことも…それに思い至った。

発見 データは存在していた


「新冷戦」とも呼ばれる米中対立を背景に、アメリカ政府は新疆ウイグル自治区で「ジェノサイド(民族大量虐殺)」が行われていると指弾。2020年6月には、ドイツ人研究者が自治区で少数民族ウイグル族などへの強制的な不妊手術が行われているとする報告書を公表し、欧米メディアも相次いで人権弾圧についての報道をしていた。中国は「人権弾圧は、中国を封じ込めるための西側のデマ」と猛反発し、報道に対しても「いわゆる報道の自由という名目で偽ニュースをでっち上げ、中国を中傷し攻撃することには断固反対だ」(華春瑩・外務省報道局長)という主張を繰り返してきた。

 私は中国に赴任する前、日本で暮らすウイグル出身の人々に会って、新疆にいる親族たちの状況を聞いていた。その内容は思っていた以上に厳しく、深刻だった。当局が否定できない証拠を突き付けるにはどうしたらいいか。

 当局自らが公表したオープンデータを入手すればいい。日本でもジャーナリストが情報公開を使うのは、政府の方から出した資料をもとにすれば、政府が言い逃れできないからだ。自らが公表している統計を使えば、中国政府も認めざるを得ないのではないか。

 そこから徹底的に統計データを探すことにした。見つかったのは、中国全土のものとして「中国人口和就業統計年鑑」と「中国衛生健康統計年鑑」。さらに、新疆ウイグル自治区政府の統計として「新疆統計年鑑」も。過去10年分を入手することができた。

 最初は人口の移動や増減のデータから何か見えないかと考えたが、なかなかうまくいかなかった。何か手がかりになるデータはないのか…新疆の年鑑を見ていた時、こんな文字が目に入ってきた。

「各地、州、市计划生育及领证情况」

 日本語にすると、「地域・州・市別の家族計画と証明書の取得状況」という意味になる。家族計画…これだ。女性の卵管や男性の精管を縛る不妊手術や人工妊娠中絶、子宮内避妊具(IUD)装着などに関するデータが存在していたのだ。全国版の年鑑でも「各地区采用各种节育措施人数」(地区別の各種避妊措置者数)、「计划生育手术情况」(家族計画手術状況)を見つけることができた。

データ分析は「力仕事」

 そこからは力仕事だった。入手した資料をパソコンに入力し直して、分析する必要がある。日々の取材の合間や休日に、膨大なデータを表計算ソフトにひたすら入力する作業を続けた。中国全体や新疆の数字はもちろん、新疆以外の地域の傾向を把握するために、中国の全31省・自治区・直轄市のデータも入力していった。

 私はマレーシアの邦字紙記者や日本の商社勤務を経て1999年に西日本新聞の記者になった時から、調査報道を志してきた。医療や教育、安全保障、外国人労働者を巡る問題などに取り組んできたが、データを解析する際は同僚とペアやチームを組むのが定番だった。しかし今は中国に独りきり。駐在記者の電話やメール、会員制交流サイト(SNS)のやりとりは当局に筒抜けとも言われており、取材テーマの性質上、生データを日本とやりとりするのもはばかられた。一人で挑むしかなかった。

 ミス防止のダブルチェックも含め、作業量の多さに途中でぼうぜんとした。そんな時、「卵管結紮人数」「精管結紮人数」といった統計項目をみると、旧優生保護法(1948~96年)下の日本で、知的障害や精神疾患を理由に障害者らへの強制不妊手術が繰り返された問題の取材をした際の記憶がよみがえった。涙を流しながら取材を受けてくれた当事者の中には、強引に中絶手術を受けさせられた方もいれば、状況がよく飲み込めないままだったり、親族に説得されたりして不妊処置を受けた方もいた。パソコンに入力する一つ一つの数字に、一人一人の人間がいる。そんな当たり前のことを思い浮かべて気合を入れ直した。

不妊手術は18倍以上に急増していた

 入力したデータを解析して、驚いた。不妊処置の件数が、明らかに不自然な増加を続けていたからだ。

 2014~18年に、新疆の不妊手術件数が18.8倍に増え、計10万人もの住民が手術を受けていた。中絶件数は延べ43万件を超え、IUDを装着した女性は2017年時点で312万人に上る。この時期は、中国当局によるウイグル族らへの抑圧政策が強まったという指摘と符合する。そしてその結果、新疆の出生率が明らかに急減していることが浮かび上がってきた。

【新疆ウイグル自治区での不妊手術】
2014年 3214件
2016年 6823件
2017年 20367件
2018年 60440件

【新疆ウイグル自治区でのIUD装着手術件数】
2016年 246778件
2018年 328475件

 入力したデータが間違っているのではないか…何度も確認した。間違ってない。さらに、新疆以外の他の省や自治区と比較しても、中国全体の傾向と逆行していることが分かった。

 少子高齢化が進む中国では、1979年から続いた産児制限「一人っ子政策」が2015年で終了。都市部で2人、農村部は3人までの出産が認められるようになり、中国全体では2016年以降、不妊手術やIUD装着手術が急減していた。しかし、新疆では逆に不妊手術が中国国内でも突出して増えていたのだ。

 入手・分析した統計年鑑に、漢族やウイグル族など民族別の統計データは公開されていなかった。ただ、新疆の統計年鑑には地域別統計が収録されていた。2018年時点で不妊手術を受けた人の99%、IUD装着者の63%が、ウイグル族が住民の8~9割を占めるホータン、カシュガル、アクスの3地域に集中していた。

 不妊処置急増の一方で、新疆の出生率(人口千人当たりの出生数)は激減していた。21世紀に入って15~16前後で推移しており、2017年に15.88だったのが、2018年には10.69に急減し、中国の全国平均(10.94)を下回った。さらに2019年には8.14(同年の全国平均は10.48)に下落。記録が公表されている1978年以降で最低となり、2年間でほぼ半減してしまったのだ。出生率の激減は、明らかに不妊処置の急増に伴うものだろう。

 中国の習近平指導部がウイグル族への抑圧政策を強めたのは2014年とされている。米紙ニューヨーク・タイムズが2019年に報じた中国政府の内部文書によると、2014年に自治区で暴動が起きた後、習氏が「テロや分離主義に対抗する」として基本方針を策定し、締め付けに拍車が掛かった。中国政府は過激思想を取り除く名目で自治区に「職業技能教育訓練センター」を設置。国連人種差別撤廃委員会の報告書は100万人以上のウイグル族が強制収容されたと推計している。

習近平主席によるウイグル視察(2014年4月28日 Photo/新華社・アフロ)

 新疆トップの共産党委員会書記に陳全国氏が就任した2016年以降、統制がさらに強まったと言われている。不妊処置の増加と時期が重なる。

 米政府は2021年1月19日、中国政府によるウイグル族らへの弾圧を、国際法上の犯罪となるジェノサイドと認定。欧州は国連機関を含む調査団の受け入れを求めており、来年2月4日開幕予定の北京冬季五輪のボイコットを求める声も出ている。

 米国などが「新疆で不妊手術が強制されている」と指摘する中、中国政府系シンクタンク、中国社会科学院傘下の研究機関は2020年9月、「新疆の女性たちは自ら望んで不妊手術を受けている」と主張する文書を発表。2018年の出生率は「法に基づき『計画超え出産』を管理」した結果、大幅に下落したと強調している。ただ、実際には共産党組織が住民への「宣伝」や「管理」を強化し、広い範囲で住民にまとめて手術を実施したとの指摘がある。

中国政府の「不都合な事実」を一面で報道


 私は統計資料から浮かび上がった事実を記事にまとめた。2021年2月4日、西日本新聞の朝刊一面やニュースサイト西日本新聞meで報じた。5月19日にも続報を出した。

2021年2月4日の西日本新聞一面 ウェブ記事へのリンクはこちら

 なぜ、中国政府にとって「不都合な事実」とも言えるこれらのデータが公開されていたのだろうか。明確な理由は分からない。ただ、「中国は国益より党益の国」(北京の外交筋)と言われる。党中央に対して地方政府や担当部署が自分たちの成果を誇るために、これらの数値を公式統計に記録していたものと想像はできる。

 その証拠に、ここ数年でウイグル問題が国際社会で取り沙汰されるようになったせいか、2018年ごろから、不妊手術や中絶などについての項目そのものが年鑑に記載されなくなってきた。

 不妊措置件数の急増と出生率急減について、新疆の自治区政府に直接質問できる機会があった。自治区政府幹部は出生率半減については「どこのデータか分からない」とした上で「家族計画政策が成果を挙げており、人々は自らの意思でIUD装着や不妊手術を受けている」と説明。私は、IUD装着者に占める既婚女性の割合や、不妊手術件数の民族・年齢別データの開示を求めたが、回答はいまだにない。

 そして私は、いよいよ新疆ウイグル自治区へ足を踏み入れることになった。

いきなり航空券を破られた!


 ようやく現地入りできたのは、4月の下旬になってからだ。

 特派員として中国に赴任して以来、全31省・直轄市・自治区のうち3分の2を訪れていた。新疆ウイグル自治区の中にあるカシュガルは、中国最西端の街である。出発前から普段の中国国内への出張と、勝手が違っていた。

 カシュガル行きの飛行機に乗るため、北京首都国際空港の保安検査場に着いた時のことだ。パスポートの記者ビザを見た瞬間、空港係員の表情が硬くなるのが分かった。搭乗手続きは済んでいるのに「航空会社のカウンターに戻って」と言うのだ。理由を尋ねてもはっきりした説明はない。いぶかりながらカウンターに行くと、いきなり搭乗券を破られた。まずい、何かの力が働いたのか…。

 しかし現地に飛ぶことはできた。新しい券を渡されたのだ。何か違うのだろうか…破られてしまった航空券は窓際の席だったが、渡されたものは通路側に変更されていた。

 新疆で生産される新疆綿に強制労働の懸念が広がった今春、現地に向かう飛行機の窓から農場の写真を撮ろうと考えていた日本メディアの記者が予約を変更され、窓のない席に移されたという話を思い出した。そういうことなのか…。理由を聞いても抗議しても、航空会社のスタッフは聞き流すばかりだ。機内には窓際に空席もあったが、変更は認められなかった。これまで何度も中国国内で飛行機に乗っていたが、初めての経験だった。

 カシュガルまでは北京から飛行機で5時間半。着陸の50分前に機内放送があった。機長が目的地へ向けて高度を下げることを案内した後、こう言った。

「窓の日よけを閉めてください」

 真昼なのに機内は急に薄暗くなった。

 中国を含む航空業界では、離着陸時の異変に備えて外の状況を確認するため、逆に乗客に日よけを上げるよう求めるのが一般的だ。少しだけ日よけを上げてスマートフォンを窓の外に向けた中国人の乗客がいた。

「写真を撮らないで!」

 とたんに客室乗務員の鋭い声が飛んだ。

住民の首にはQRコードが


 カシュガルはアフガニスタンやパキスタンなどと国境を接する街だけあって、中央アジアの風が吹いていた。羊肉、果物など食べ物はおいしく、エキゾチックな雰囲気に満ちている。街には、いわゆる「中国」のイメージとまるで違う光景が広がっていた。

 同時に、他のどの地域ともレベルが異なる「圧」を感じた。

 羊肉や果物を売る露店や料理店の調理場をのぞいて驚いた。ウイグル族の人々が手にする包丁は鎖でつながれ、所有者を特定するためのQRコードが刻印されていたのだ。

 子どもや高齢者の首にも、QRコードがぶらさがっている様子も何度も目にした。現地の住民の話では、コロナ対策を理由にスマホを持たない子どもや高齢者の個人情報を特定するため、当局がこうした措置をしているのだという。ウイグル族の集落では、家族構成などの情報に当局がアクセスできるQRコードが、各戸の玄関に貼られていた。

西日本新聞のHP「抑圧の街から」より ウェブ記事へのリンクはこちら

 カシュガル市内では交差点ごとに「便民警務所」という交番があった。その数はコンビニよりも多く、交差点を挟んで2カ所に設置されている地域もあった。

 ウイグル族の男性が「5年前から一斉に整備された。住民は見慣れない人がいるとすぐ報告するよう求められている」と教えてくれた。2016年は前述したとおり陳全国氏が新疆のトップに就任し、ウイグル族の統制政策が加速したとされる年だ。

 街のあちこちに警察官が立っている。ただ、街の雰囲気に物々しさはなく、穏やかだった。同僚記者が3年前に訪れた際には至る所にあったというエックス線装置は、市場やホテルで見かける程度だった。

 中国政府によると、新疆では2017年以降、テロ事件は起きていない。5年前と現在のカシュガルを知る日本人男性は「当局が『刀狩り』をして、ICT(情報通信技術)を駆使した監視や密告の奨励も徹底した。警備がかつてより緩んで見えるのは自信の表れだろう」と話している。

 中国当局の規制を受けずにインターネットが使えるはずの外国人用通信カードが作動しなかったのも、初めての経験だった。

水だけを飲み続ける男


 カシュガル滞在中は昼夜を問わず、当局の監視が付いた。声をかけてもまったく返事をしないので、間違いないと思う。昼間は私を挟んで50メートルほど前と後ろに、2~3人ずつ男が張り付いていた。

 夜、一日の取材を終え、地元のビールでも飲みたいなと思い、宿泊先のホテルの近くにあったバーに入った。すると、すぐそばの席に40代ぐらいの漢族の男が座った。

 なんとなく気になって様子をうかがっていると、明らかに変だ。バーに入ったのに何も注文せず、ひらすら水だけ飲んでいる。ちらちらとこちらの様子をうかがっているようだ。

 よし、ならばと、店を出て帰るふりをしたあと、すぐさま戻ってみた。やはり男の姿は消えていた。

 ホテルに帰ってから、その日の取材でスマートフォンで撮影した街の動画を確認してみた。

 やっぱりそうか…訪れたいくつかの場所に、同じ男の姿が映り込んでいた。気分はよくないが、向こうから手出しをしてくるわけではない。むしろ彼らも仕事でやっているんだろうから、ご苦労様、という気持ちになった。

 あえて姿を見せる尾行で、こちらを萎縮させようとしているのかとも勘ぐった。が、どうやら違うらしい。取材中、彼らの存在に気付くと、ウイグル族の人々が急に押し黙るのだ。話を聞きたくて客のいない雑貨店に入ると、男が入ってきて小声で店主に何かを言う。郊外で民家に近づけば、赤い腕章を付けたウイグル族の男たちがやってきて、立ち去るように促してきた。当局が萎縮させたいのは記者ではなく、取材に応じようとする現地の人々なのだ。

 北京に戻る帰路。事前予約で窓際を指定していた飛行機の座席は、やはり往路と同様に通路際に変更された。離陸前から日よけが閉められ、機体がカシュガルを離れて上空に達するまで、外の景色を眺めることは許されなかった。

5月中旬。強制収容所と指摘される施設や破壊されたモスクの現状も含め、現地で見たまま、聞いたまま、感じたままを西日本新聞の連載「抑圧の街から 新疆ウイグルルポ」に書いた。

メディアのリレーを

 中国政府は「新疆は開放された地区。各国の記者の参観訪問を歓迎する」と強調している。しかし、新疆での海外メディアの取材活動に対する規制の強さは、他省の比ではない。現地を訪れて、当局が外国人に見せたくないもの、聞かせたくない声があることがよく分かった。

 今春以降の日本の新聞報道によると、毎日新聞の記者は空港で当局の人間に画像を消すよう求められ、読売新聞の記者はカメラを奪われている。東京・中日新聞の記者は、両手を広げた当局の男に行く手をふさがれたという。

 ただ、今回の取材で職務質問を受けたり、撮影した画像をチェックされたりすることはなかった。新疆が国際的な注目を集める中、当局が海外メディアの報道に神経をとがらせ、対応を変化させているようにも思えた。

 新疆の人権状況が、米国や英国が指摘するように国際法上の犯罪となるジェノサイド(民族大量虐殺)に当たるのかどうか。今回の現地取材で把握できた事実だけで断定するのは難しいだろう。一方で、米英などの指摘を「世紀のデマ」と一蹴する中国政府の主張をすんなり受け入れることもまた難しいと感じた。「見せず、聞かせず」という当局の威圧が明確に存在することは分かった。

 中国政府が「固有の領土」と主張する新疆は、18世紀に一帯を版図に収めた清の皇帝がその名を付けたとされ、語源は「新しい土地」「新たな征服地」という意味だ。

 インフラを整え、豊かになったことを強調して統治の正当性を誇る。その地に根付いてきた信仰や文化を自国流に変容させる。現地の人々の母語とは異なる言語の教育を強化する。「民族協和」をうたいながら、実質的には最も立場の強い民族が統率するーー。かつて、日本がアジアの人々に強いたことと重なる気がしてならない。

 中国本土に日本を含む海外メディアの記者がどれくらいいるか、ご存じだろうか。中国外務省によると約450人。国別で最も多いのが実は日本で、100人弱が北京や上海などに駐在している。日中国交正常化の8年前の1964年、日中両国が記者交換で合意し、同年9月、常駐特派員第1号として朝日、毎日、読売、日経、産経の各紙、共同通信、NHK、TBS、そして西日本新聞の9社が記者を派遣した。私は21代目の北京特派員となる。

 西日本新聞は伝統的に、人権報道に注力してきた。中国駐在の日本メディアのほとんどが複数の特派員を擁する中で、特派員1人、中国人スタッフ2人の3人態勢と〝最小級〟だが、志は高く、目線は低くがモットー。ローカルメディアの特派員として読者の「知りたい」にこたえて中国の実相に迫る心意気は負けないつもりで、日々取材をしている。

 新疆で何があったのか。今どうなっているのか。

 日本の報道機関を含め、メディア同士がバトンをつなぐようにして現地に入り、新疆の実情や住民の心情に目を凝らして耳をすます必要がある。

 私も引き続き、そのリレーに加わっていこうと、改めて思っている。

2021年9月10日 

坂本信博(さかもと・のぶひろ)西日本新聞中国総局長

西日本新聞記者。1972年福岡市生まれ。創価大学法学部卒業後、マレーシア国立マラヤ大学に留学。マレーシアの邦字紙記者、商社勤務を経て、1999年に西日本新聞社に入社。長崎総局や宗像支局、社会部、東京支社報道部、クロスメディア報道部などを経て2020年8月から中国総局長(北京特派員)。主に医療や教育、安全保障、子どもの貧困、外国人労働者をめぐる問題などを取材し、調査報道に従事。オンデマンド調査報道「あなたの特命取材班」とローカルメディア連携、「やさしい日本語」によるニュース発信に取り組む。2015年に、キャンペーン報道「戦後70年 安全保障を考える」で第21回平和・協同ジャーナリスト基金奨励賞を受賞。2016年に、外国人労働者との共生を考えるキャンペーン報道「新 移民時代」で第17回石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞を受賞。共著に『医療崩壊を超えて』(ミネルヴァ書房)、『安保法制の正体』(明石書店)、『新 移民時代』(同)など。