見出し画像

「ペーパープレイン」ショートショート

病室の窓をコツンと叩く音がした。

窓の外を見ると、紙飛行機が落ちている。

周りを見渡せば、
生け垣に白い花が咲くように、
紙飛行機が引っかかっている。

それ以来、

病室を出ては紙飛行機を集めるのが日課になった。

いろんな形をした紙飛行機。

私は病院の周りを徘徊する紙飛行機のコレクターになった。

ある日、紙飛行機をいつものように集めていると、上から飛んできた紙飛行機が私の眼の前で生垣に刺さった。

屋上で誰かが飛ばしているのだ。

屋上には空中庭園がある。病院内では最も天国に近い場所と呼ばれていた。

その屋上で、紙飛行機を飛ばしている少年に出会った。

「何してるの?」と尋ねると、少年は「この紙飛行機が太陽に届くように飛ばしているんだよ」と答えた。

「それは不可能だろう。無理だよ。」と正直に言ってしまった。

少年はしばらく沈黙して

「飛ばしたいから飛ばしてるんだ。神様に言いたいことがあるんだ。太陽に届けば伝わると思って」

「君が作った紙飛行機。いっぱい持ってるよ。今は私のコレクション。」

「別にいいよ。あげる。」

「まあ頑張れよ。」

私は空中庭園から地上に舞い降りる。

子供だし、どうせ飽きたら辞めるだろうと思っていた。

私も紙飛行機集めという趣味ができた。

ゴミ拾いも同時に解決できるし病院も問題にしないだろうと思った。

しばらくすると、またコツンと窓を叩く音がする。
また拾いに行くと、紙飛行機の形がかなり変わっていることに気づいた。最初の頃とは違う形になっていた。

「まだやってるんだな。」

看護婦さんに屋上の飛行機少年について聞いた。
あの子は難病にかかっている。
成長ができないらしい。
子どものまま急速に老化する病気だ。

つまり紙飛行機飛ばしは彼の人生と重なる。

子供の遊びではない。
急速に過ぎ去っていく命が駆り立てるもの。

私もそれほど長くはないと思ったら、急に彼の夢に乗っかりたくなった。

誰かが私に急げとささやく。

再び空中庭園に上がってみると、やはり少年は一人で頑張っていた。

「上昇気流に乗せなきゃだめだ。旋回するタイプの飛行機を教えてやるよ」と言って、
私は少年に紙飛行機の作り方を教えていた。
いつ紙飛行機のことを知ったのか忘れたが、
長い人生の埋もれた記憶が蘇ったのだ。

それでも紙飛行機は上昇しなかった。

私は諦めきれず、
この話を友人である天気予報士にしたら、
巨大なビルの上で上昇気流ができやすいことを教えてくれた。

特に夏の空はいいそうだ。

そして

蒸し暑い夏がやって来る。

この日は厚い雲に覆われていたが、地上から病院のビルを這って風が湧き上がっていた。これはチャンスかも知れない。

私は再び空中庭園に戻っていく。

少年は相変わらずそこにいた。かごの中には新型の沢山の紙飛行機がある。

彼も諦めていない。

病気のはずなのに目は怒りに燃えている。

彼は大人として扱われているようだ。
彼の意思を止めるものはいない。
しかし、刻々と彼の命は削られていく。

私は少年に説明した。
今日が最高の日だということを。
いよいよ君が待っていた日が来るぞと。

私は空中庭園の周りを見渡す。
地上から吹き上がる熱風の音が聞こえてくる。

「今だ!」と私が叫ぶと、少年は紙飛行機を飛ばした。上昇気流に乗って紙飛行機は舞い上がる。

紙飛行機は大きく病院を離れていく。
もうだめかと思ったが、
緩やかにカーブしてこちらに戻って来る。
すると巨大な旋回が始まった。
その日が来るんだ。

「行けるかも」
少年の目が怒りから輝きに変わる。
「ああ行けそうだ」

そうやって紙飛行機は高く上昇していった。

突然、厚い雲が太陽に溶かされて姿を表す。

すると少年は一言つぶやいた。

「視界没」

その瞬間、紙飛行機は太陽へ吸い込まれていった。

「やったー!」

「凄いな。やったね少年!」

私は少年の頭をグシャグシャになでて、大いなるプロジェクトを終えた気になった。

「ありがとう」
「いやこちらこそ」
私達は大人みたいに握手した。

気が付くと太陽は再び厚い雲に閉ざされていった。

それから数週間が経ったが、紙飛行機はもう落ちてこなかった。私のコレクションも終わった。

看護婦さんから聞いた話では、少年はその後体調を悪化させて亡くなったそうだ。

紙飛行機プロジェクトは彼の人生になった。

だから彼の死を悲しむことはなかった。

少年が飛ばした紙飛行機が残っている。

私はその紙飛行機を解いてみた。

そこにはメッセージが書かれていた。

「なんで生まれた。なんで痛い。なんで苦しい。まあそれは許してやるよ。でもなんで死ぬことになる。いったいなぜなんだ。神様のバカ野郎」

私もそう思うよ。

一緒に紙飛行機を飛ばせて良かった。

おかげで、私も次の準備に移れる。


雲を溶かす太陽


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?