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Gerhard Richterについて

ゲルハルト・リヒターという名前の画家を知ったのは、大学3年生のときに受講した「現代アート入門」みたいな名前の講義だった。

現代アートって、名前として知ってはいたけどそこにカテゴライズされる作家はじゃあ誰なのかとか、どういう形態のものを現代アートと呼ぶのかとか、そういう諸々の基礎知識がそれまでのわたしには何にもなくて、とりあえず単位欲しいし一応芸術系のゼミにもいるし、くらいの軽い気持ちで履修した講義だった。
その第1回目の講義で、先生が紹介したのがゲルハルト・リヒターだった。
「ゲルハルト・リヒターは、おそらく20世紀最高の画家です」

まったく、見たことのない絵を見た。そもそも、絵なのか? と思った。
「これは、幅の広いゴムべらに絵の具をつけて、カンバスの上をガーッと滑らせているんです。これを何回も繰り返します。その過程で、上に塗り重ねた絵の具が割れて下の色が覗いたりしています」
有名な、アブストラクト・ペインティングのことである。鮮やかな絵の具が、まったく無秩序に選出されて上から下へ、ガーッと伸びている絵だ。
ほか、数枚リヒターの絵を紹介されたけれどどれも同じに見えた。同じ手法で制作されていたからだ。
今では見慣れてしまって新鮮な驚きというのもなく、「あ、リヒター」と何だか全部を一足飛びで頭の中でまとめてしまっている。アブストラクト・ペインティングとはそのままリヒターに繋がる。だけどリヒターのすべてがあのアブストラクト・ペインティングなのかといえばそれも違う。

初期のリヒターは写真の正確な模写、写真の絵画化という作法で始まっている。ドイツを訪れるまではまったく知らなかった。こんな精密な絵をかつて描いていたのかと、同時に、あなたに一体何があったんだと思わずにはいられなかった。
ケルン大聖堂に行ったとき、凄まじい神々しさの光に満ちた一角があった。なにごとかと天井を見上げると、燦然と輝くステンドグラスがあった。精密な装飾は一切なく、正方形の幾何学模様だった。その、ごくごく単純な幾何学模様がどの装飾よりも輝いていた。光は七色となり床に落ちていた。光があふれていた。降り注いでいた。
このステンドグラスのデザインもリヒターだった。


自由とは難しい。誰かひとりでも自由に踏み出してしまうとそれはもう規定されたものになるからだ。
現代アートとは、その境界を常に泳ぎつづけなければならない過酷な世界だ。だけど学生だったときも、ほんとうはあまり興味はないまま始めた勉強だったけれどどんどん惹かれていったのだった。プレイヤーの方が既定路線を打ち破って展開していくということは、解釈する側も既定路線では説明がつかなくなっていくということだ。互いに悩みつつも、自由を勝ち取っていくような感じがした。解釈する側は結局は後出しじゃんけんでしかないのだけど、一見しただけでは何が何やらわからない作品を解説することによってその人の腑に落ちる、その人を惹き付けることができるなら無駄なことではない。

「絵画に意味を見出すことには意味がない」のかもしれない。
あえて写真を写真の質感のまま絵画にしたり、輪郭も何もないただゴムべらで絵の具をガーッと引っ張るだけの作業は真逆なようで同じことをしているのかもしれない。ゴムべらで絵の具引っ張るだけなら誰にでもできるのかもしれない、けどそれは行為そのものじゃなくてその選択に価値がある。
「絵画に意味を見出すことには意味がない」ということはもしかすると「この世すべてに意味はない」ということかもしれない。ずうっと過去からもともとそうだったのかもしれないし、世界の中身が移り変わった結果としての現在かもしれない。けれどこの世すべてに意味はなくても惹かれるものは相も変わらず存在する。

先日、六本木のワコウワークスオブアートにて開催されていたリヒター展に行って来た。
まさかあんなに小さな画廊だとは思わなかったし、入場無料だったのもびっくりした。ついでに、撮影可能だったのもびっくりした。
評伝ゲルハルト・リヒター、大学の図書館に置くような本をわたし個人で買うなんて驕りたかぶっているしそもそも高いんだから買うのはだめ、絶対にだめ見合わない、と心に決めていたのにいざ実物を手に取ってパラ読みしてみて画廊先行販売中ですと言われてしまうともうだめだった。買ってしまった。
ダダイスムやシュルレアリスムとまで行くとまたここにもちょっと断絶があるような気もするけど、20世紀美術の人たちはアメリカポップカルチャー組にしてもオノ・ヨーコにしても草間彌生にしても基本的にみんな知ったかぶりでただのミーハーなわたしなので、目についたものから学び直したいというか、知ったかぶりは知ったかぶりでコンプレックスなんです。
わたしの卒論は舞台演出だったのでそもそも学生時代から現代アートに深く足を突っ込んでいたわけではなかったんだけども。

それにしてもこの本、装丁とてもすてきだと思いませんか。
表紙カバーの紙にもこだわっていて、ほんとうにカンバスに触れてるみたい。少しずつ読み始めましたが、翻訳ものなのにとても自然で読みやすい文章です。口絵もたくさんでストレスフリー。リヒターを1から懇切丁寧に解説してくれる何かを探している人にはぜひおすすめです。
個展の方は、1/31(水)までワコウワークスオブアートにて。麻布警察の裏にある不思議な形をした建物の3階でひっそり開催されています。ひっそりですが、世界初公開が5点もあるから。

http://www.wako-art.jp/top.php

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