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And the dreams that you dare to dream really do come true(20200430)

何か漠然と、良い報せを待っているような心持ちの日々が続いている。先日注文したバウムクーヘンかもしれないし、Yogiboのソファかもしれないし、応募したことも忘れていた当選品かもしれないし、誰かからの便りかもしれないし、実体のない「良い報せ」をただ漠然と待っている。どれもを確かに待っているし、受け取れたら嬉しいものばかりだが、きっとどれを受け取ってもどこかで「これじゃない」と思うだろう。私が待っている良い報せは実体を持たないから。何を待っているのか、私にもわからないから。


まだ今は来ない次の列車を待つ
  鬼束ちひろ / everyhome


ノンシリコンのシャンプーは逆に髪がバサバサするような、どことなく髪が毛羽だっているような、光に宛ててもそこまで綺麗に反射しないような、本当にこれで良いのかどうか分からないのだけど、今まで私が何も考えずにドラッグストアのセール品で済ませ、髪をシリコンまみれにしていたシャンプーの残り滓をまず洗い流している段階なのかもしれないし、髪については素人もいいところなので、いつも美容師のヨシカワさんにざっくりした要望だけを伝えてあとは如何ように、好きなように切っていただくのと同じように、このシャンプーとトリートメントにも如何ようにも、好きなように洗い流していただく。また前髪が伸びてきて、ヨシカワさんと再会する頃には私の両目は完全に隠れているかもしれない。私はヨシカワさんと再会できるだろうか。あの美容院はそのまま永遠に眠ったままになってしまわないだろうか。全国に系列店を持つ大きなお店ではあるけれど、眠って欲しくない。起きてほしい。私をヨシカワさんと再会させてほしい。もう私は自分の髪のことなんて一切知らないのだ、ヨシカワさんしかこの髪を知らないのだ。




春を実感しながらもまだ2月の冷たさがそこにあるものとごく自然に思い込んでいて、いつも通り極暖ヒートテックを着て、その上からBANANA REPUBLICのアウトレットで買ったボルドーのニットを被って、ジーンズの上からはレッグウォーマーを履いて、膝掛けまで用意して机に向かう。けれど結局膝掛けを置いていても足が床に付いているとそこから冷えが登ってくる。だからいつも椅子の上で三角座りになって、その姿勢に一番落ち着いてしまう。

もうゴールデンウィークの中日と言ってもいい。今日はほとんど開店休業状態で、黙々と数字を確認してチェックを入れて審査ボタンを押してエクセルに転記して、たまに入ってくる意味のわからないメールをどこか適当なところに転送して、それでも食い下がってくる相手には画面に向かって悪態をつきながらキーボードをバチバチと叩いて紙を放り投げるように返信する。部屋にはずっと鬼束ちひろが流れていて、ベストアルバムを何種類もライブラリの中に入れているとあらゆるベストアルバムから「月光」が引っ張り出されて一定の間隔で流れてくる。他のアーティストであれば全曲シャッフルにしていても1曲目に戻った時はそれが分かるものだが、鬼束ちひろだけは一度流し始めると始まりも終わりも分からなくなる。それが私から時間の感覚を奪い、気づけば夕方にワープしている。


( How do I live on such a field? )



漠然と良い報せを待っている。それは誰かに会いたい、誰かと話したい気持ちをそう言い換えているのかもしれない。話してみたい人、どんな人かを知りたい人が多くいる。いつか再会したい人がいる。話を聞きたい人がいる。


漠然と良い報せを待っている。それはもしかすると書き出しの一文が降りてくるのを待っているということかもしれない。小説。小説が漠然と頭を支配している。日々の不安が漠然と頭を支配するように、漠然と小説が頭を覆っている。クラス替えの日、始業式の日を欠席した少女、遠い町での老婆の死、かつて存在した病、この世界は一度滅亡してその一億年後自我を持った塵がわずかに残る土地の記憶を頼りに再構成してここがある。そこに生きている少女がいる。じゃあ滅亡前の一億年前の世界に居たのは。まるで動物のケージのように何段も積み上がった檻の中に年端もいかない子供が一人つずつ入っている。彼も彼女も名前を持たない。彼と彼女は約束する。滅亡の瞬間に居合わせた人間たちの証言。手紙。手紙。手紙の山。漠然と脳を支配する小説の世界。私はとうに、自分に、嫌気がさしている。結局空想とも妄想ともつかぬ世界に戻っていく自分に、とうに呆れ、嫌気を隠さない、そしてとうに、私は自分を諦めている。
これも、この経験も、この出来事も、いつかは小説に生かせそうだと、結局の思考回路がそうなっているこの頭の愚かさ。反比例して衰えていく体力。痩せていく体。日増しに私を飲み込んでいく眠気。


春になったら
まだ先のこと
今は僕らの 冷たい夢
君と二人の 柔らかな夢
  鬼束ちひろ / 琥珀の雪


違う生き方があるなら知りたかった。
「この広い世界を楽しんで生きようね」と、純粋無垢な言葉を何の疑いも誤魔化しも衒いもなく私に惜しみなく与えた彼女のように。


明日は休暇を申請したので、私は明日から名ばかりのゴールデンウィークに身を投げる。満開に咲き誇った薔薇は潔く枯れて、捨ててしまった。さよなら4月。病んだ4月。あなたもまた春であったことを、誰かが覚えていてくれるといいね。



読んでくださってありがとうございます。いただいたお気持ちは生きるための材料に充てて大事に使います。