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命をいただくのと奪うのって何が違うの?

こんにちは。私はジビエ革で小物を作っています。

なぜ、そういう取り組みを始めたかというと、下記のような体験が積み重なったからです。ある日「革で小物作ってショップで売ってみよう」と思いつきました。

・父が「有害駆除隊」で猟をしている。
・とった動物の肉は、家で工夫して食べている。
・ジビエ料理店を取材した。
・皮はうまく使えなくて、捨てることしかできない。と教えてもらった。
・仲のいい友人が「エシカル消費」という言葉を教えてくれた。
・中田敦彦のYouTube大学で「ヴィーガン」の動画をみた。
・マンガ「約束のネバーランド」「火の鳥」を読んだ。
・「山と獣と肉と皮」を読んだ。
・県主催のSDGsプロジェクト創出ワークショップに参加した。

その中で出会ったキーワードを、自分なりに勉強しながら過ごしています。
それでわかったことは、こんな感じ。

■有害駆除は、育てた野菜を無事に収穫するため、ケモノを減らす取り組み。
■駆除ペースが追いつかない問題と、ケモノの命を活用し切れていない問題
■ケモノの大量発生の背景には、忘れてはいけない反省がある
■世界規模で、このままじゃいけない状況がある(気候危機)
■里(人間界)と山(自然界)を包み込む、「里山」という概念

今の社会が、いろんな課題を抱えてることがわかりました。
このままじゃいけない。なら、どんなライフスタイルを選択するのがいいんだろう?そんなふうに考えました。「〇〇をしない」「〇〇を食べない」だけでなく、「いいやんそれ!」って思えるような、ワクワクするライフスタイルの選択肢を発案したいと思った。

エコなライフスタイルに、ワクワクしたい。

今って、キャンプや農泊が人気ですよね。田舎暮らしに魅力を感じる人が増えてます。ある取材相手が言ってました。「生き物らしく過ごすことを、気持ちいいと感じるんだ」と。

野菜を食べるために動物をとる。
とった動物を生かし切る。
身近な里山から、野菜や肉をいただいて生きる。

そういうライフスタイルってシンプルでいいんじゃないかと思うんです。
個別にいろんな課題はあると思うけど、どんなライフスタイルにだって課題はある。ジビエレザーisatoの裏メッセージは、小さな循環の一員になるのってどう?という提案なのです。

提案するからには、いろんな課題のことを知っておく必要があります。
それで、地球規模の問題に向き合う「ヴィーガン」の人の話を聞くようになりました。

▼ここから文体変わりますすみません

ヴィーガンのことを知った、まだヴィーガンではないわたし

私はヴィーガンの発信をすごく参考にしていて、
工業製品のような肉を買わない。ほとんど豆腐で置き換えてる。
でもジビエは食べる。
「ラクトオボベジフレキシタリアン」っていうのかな?

一部のヴィーガンの発信を聞いていると、とても勉強になるんだけど
少し気になることがある。
狩りをする人のこと、「楽しんでる。娯楽として命を扱ってる」と認識しているみたい。
それって残念な気がする。

もちろん、ハンターや猟犬は狩猟を楽しんでいる側面はあると思う。
「猟欲」という考え方があるくらいだから。

わたし「
でも、生き物なんだから、自分で食べるものを自分で仕留めることを、楽しい、生きてるって感じるのって自然じゃない?
そのことと、娯楽のために乱獲することは別のことじゃない?

私の知ってるハンターたちは、動物に敬意を持っているからこそ、とった動物の体を食べる。
そもそも有害駆除の取り組みは、野菜を育てるため。
猟友会で出会ったハンターも、農家の方。

地域で育てた野菜を食べられるのは、ハンターがいるから。
ハンターに野蛮なイメージを持っている人がいたら、そのことを知っていて欲しいな。

わたしはもう少し勉強が必要だ

動物から搾取しないという理念は本当に立派だと思う。

食物連鎖のトップにいるかのような態度を取り続けるのが間違ってるのはわかる。モノのように、取り放題のように、他者の命を扱うことが間違ってるのはわかる。

でも、命を「いただく」のって、命を「浪費する」と同じように間違ってるのかな?

自分が健康に生きるために、他者の命をいただくこと自体を否定してるのかな?だったら、その部分は賛同できない。食べることは生きることだと思う。

よくわからないので、もう少しヴィーガンの人が「気づいている」こと、その内容について学んでみようと思う。

isatoの発信に「説教くささ」を混ぜたくないと思うあまり、説明不足になりがち。必要なところはきちんと押さえられるように、駄文でもたくさん書いておこうと思います!

ここまで読んでくださったまれな方、ありがとうございます!!!

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