8月_持ってる父[フライフィッシング歳時記]

母が逝ってからというもの、父はすっかり元気を無くしてしまっていた。お盆に集まった姉夫婦と孫たちが帰ってしまうと、いっそう肩を落とした。
気晴らしになればと思い、渓流釣りに父を誘った。

そう言えば幼い頃、夏休みに父と二人でフナ釣りに出かけた事があった。
森林公園とゴルフ場の間の辺りの池だったと思う。長竿でウキを垂らしてアタリを待つ、、、その繰り返し。
夜勤明けだった父は僕にひとしきり竿の扱いをレクチャーすると、とうとう寝てしまった。

一人ウキを見ていた。

すると、不自然にウキが走り、僕は慌てて父を起こした。

父は日除けにしていた新聞を投げ捨てると、慌てて竿をあおった。
が、びくともしない。
ただ、ウキは右に左にへと走るので、根がかりでは無いことは僕にもわかった。
父が池に引き摺り込まれるのではないかと心配した。

一進一退の攻防が続き、気がつくと後ろにゴルフプレーヤーがギャラリーとなっていた。

「なんだ、なんだ、大コイか?」
とざわついたその頃になって、遂に魚が寄ってきた。

60センチを超える大ナマズに拍手と笑いが沸き起こった。

あの日から25年以上の歳月が経ち、僕は今朝、父と渓流釣りに出かけた。
車を走らせ、長良川の支流吉田川の中流部に入川する。

もちろん、ややこしいフライフィッシングは父には無理だろうから、父は餌釣り。餌はミミズ。
渓流釣りの場合、数回流して反応が無ければ移動するのは、フライも餌釣りも基本的に同じ。
しかし、渓流釣りの経験がない父は
「俺はあそこで粘るから、お前だけ行ってこい」と言って、
まるであの時の様に淵での置き竿釣法を、決め込んでしまった。

まあ、気持ちの良い渓流に連れて来られただけでも良いかと思い、僕は父を置いて釣り上がる。
しかし、ドライフライ(水面に浮かせた毛ばり)への反応はイマイチ。諦めて車に戻る事にした。

すると、遠くから父の呼ぶ声がする。

なんと父は尺をゆうに超える筋肉隆々のアマゴ(もしかしたらサツキマス)を釣り上げていた。

どうやら、置き竿で反転流に潜む淵の主を釣ってしまったらしい。

ビギナーズラックと言うか、、、これだから釣りは分からない。ある意味父は持ってる漢だと改めて感心した。


「夏ヤマメ(アマゴ)一里一匹」と言う言葉があるように、梅雨が明けて、ひとしきり水生昆虫が羽化してしまうと渓流釣りは難しくなる。当初は、リリースしない釣り人にひとしきり抜かれてしまうのだろうと思っていたが、どうやら大物はしたたかに水温の安定した淵の底に居るのだろう。
父が使っていた餌のドバミミズは普通サイズの渓魚なら咥えきれない大きさだが超の付く大物にとってはジャストサイズだったのだろう。結果、あの時の大ナマズの様に、向こう合わせで針がかりしたのだと思う

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