見出し画像

バンコク屋台街の夜 髭面の男性と甘い砂

”たまたま貰った甘い砂にはしゃいで、砂の城作ってんじゃねえよ”
髭面のいい出汁加減の30代前半くらいのお兄さんが、悦に入った感じで言った。

ちょうど1週間くらい前の夕刻かな、僕は、タイのキッチンカーが並ぶエリアを徘徊していた。バンコクの中心地を少し離れたところだろうか、闇雲に歩いていたら辿り着いた広場のようなそこには、小綺麗なキッチンカーや屋台が並んでいた。日本人街が近いわけでもないのに、なぜか日本人が経営しているお店が多くて、看板やメニューにも日本語が見える。脱サラなのか、脱何なのかはまちまちだろうけれど、何かを脱してきたであろう日本人たち、という感じで、謳歌している風な人々が店頭に立っている。僕は携帯を紛失しているから、地図などは見ずに無闇に徘徊していたものだから、いつの間にか辿り着いたそこが、バンコクの中心地からどのくらい離れたところなのか、地理は皆目見当がつかないのだけれど。

スマホがないというのは、これはこれで悪くない。画面の向こう側の遠い世界じゃなくって、今ここにある生きてる方の世界に集中できるから。もちろん不便だし、負け惜しみみたいな要素も否定はしきれないのだけれど。(このところ連絡がつきづらくってごめんなさいね、事情は敢えてあんまり言ってなかったけれど、しばらく電波通信のない暮らしをしています)
ともかくそんな状況で、海外を徘徊するっていうのは、とってもエキサイティングだ。発見が加速する。

話は逸脱してしまったけれど、歩き回っていたら、そろそろ腹が減っていた。

700円くらいで焼きそばパンを売っている屋台を見つけて、何で焼きそばパンなんだろう、とか、砂漠でもないのに、やけに高いミネラルウォーターは誰が買うんだろうとか、脈絡のないことを考えていた。眺めていたら、店主らしき男性——あんまり覚えていないけど、長髪の整えられていないパーマの、ジャマイカみたいな格好をした日本人男性だった気がする——が、声をかけてきて、小腹も空いていたので、この焼きそばパンを食べる運びとなった。
コカコーラかスプライトか何かの、とにかくでかいロゴだけみたいなデザインの背もたれのある長いベンチに一人で腰掛けて、焼きそばパンを待っていた。

”たまたま貰った甘い砂にはしゃいで、砂の城作ってんじゃねえよ”
後ろから、急に日本語が聞こえてきた。髭面のこれもまた長髪で茶髪の、けれど、髪や髭は綺麗に整えられた、サーファーと言われたらそんな気もするし、広告関係の個人事業主と言われても頷けるような、とにかく僕の好きな感じの風貌の男性が声を発していた。
店主にむけているというより、その場全体に向けているのか、独り言にしては対象がいそうな声量だった。
”金の計算もろくにできない奴が、たまたま貰った甘い砂、あっという間に溶かしたり、はしゃいで砂の城作って、すぐに崩したりさ”
と続けた。僕に話しかけてきている様子だった。好きな感じの風貌だし、好きな感じの語り口だ。そして何より、泡銭のことを甘い砂と表現する言語感覚が好きだから、応じたくなった。
「何ちゃらバブルでたまたま…みたいな成金って、羨ましくって、なんか下品で、面白くないですよね」と返してみた。
髭長髪の男性は嬉しそうに
”センスがないんだよ。運よく甘い砂が舞い込んだだけで、実力もないくせに勘違いして、自分の商才だとでも思って、店広げちゃってさ。こんなもん、何にも面白くないじゃねえか。”
日本からきたであろう、ここでは舶来ものの屋台群を目で追いながら、
”日本でやっても埋もれそうなことを、ここじゃちょっと希少だからって足元見やがって。”

僕はそのあと共感とも感心とも取れるような、曖昧だけどなんだか思慮深そうな、何も言っていないのと同義のような返事をした気がする。もったいつけて頷いただけかもしれない。
その後は、二人で店主と差し支えないやり取りをそこそこに、別れたような気がする。

————————
■エピローグ
目が覚めて僕は、髭面の男性のセリフを反芻していた。
言い忘れたわけではないけれど、敢えて今伝えるのだけれど、これは、僕の観た夢の話だ。
スマホは本当に無いけれど、バンコクには行っていない。無論、バンコクにこんな屋台街があるかも知らない。アジアのどこかには、似たようなものがありそうな気はするけれど。
ただ、訓話めいた夢をみる時は、日頃思い悩んでいることを誰かそれっぽい人に諭されたいんだと思う。
今回の髭面の男性はもしかしたら、数年後の理想状態なのかもしれないし、こんな人に諭されたいという要素を詰め込んだ人物なのかもしれない。


————————
■エピローグのエピローグ
※サムネイルの写真は全然関係ない、ホーチミンの僕の好きな感じだった通り。これもどこなのかは曖昧。

この夢を見て、想起したのはディランのThe Times They Are A-Changin’

今まさに甘い砂の城を築いている彼らにいつか滅びることを告げているようにも、
蚊帳の外から揶揄しているだけの僕らに、口ばかりじゃなく手足を動かさないと気づいたら溺れてしまうと言っているようにも取れる。寝起きから耳が痛いですぜ。


この記事が参加している募集

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?