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第三夜 『愛玩植物』 / 満月連載 夢日記

ある満月の夜の、夢日記。

主張を遮るように、ゴホンと咳払いをした。
だが男の様子は変わらない。
いちいちオーバーな身振り手振りで話す度、大ぶりのシルバーアクセサリーが揺れる。
度々ウイスキーを口に含む。呂律の回らない声が耳にまとわりついてくるようで気分が悪い。
おまけに不規則な感情表現がひどく鬱陶しく感じる。

(今回はハズレですね)
三枝が目配せをしてくる。

(そうだな)
視線だけで、不思議と理解しあえた気がするし、きっとそれは間違いではないだろう。

我がクラブも気が付けば創立して9年になる。
植物を愛して止まないメンバー達の情報交換の場として立ち上げたものの、近年は環境汚染などの深刻な問題に対しての運動など、ボランティア的な活動の割合が増えてきた。
非営利団体としての側面を守るためにも、会員を増やすべきだという意見が上がるようになったが、こんなハズレくじを引くのであれば無闇に新しい会員を募集するべきではないのかもしれない。

「だからぁ、俺は感謝してるってことなんだよ、植物という生き物、概念、存在に対してだ、いだぁいな、偉大なっ存在だろ?恐竜を滅ぼした氷河きぃだってさぁ、結局植物の仕組んだわぁなだろ?なぁそう思わないか?」

「確かに一説によるとそういった意見もありますね」

「だよなーぁそうなんだよな。だけどそんなことは関係ないんだ、とにかく俺は救われっすくわれたんだ、何もかも失った俺の心を癒したのは、植物だったんだ。信じられるかぁ?この俺がだぞ、、、音楽しか愛せなかったこの俺だ聞いてるのか!!!」

「、、、はい、聞いてます」

荒げる声に最初は驚いていた三枝も、どうやら平静を取り戻したようだ。
それにしても郊外までわざわざ足を運んだのに、これでは割に合わない。帰り道には何か美味いものでも食べないとやりきれない。
そろそろこの不毛な会話を終わらせよう。この男は明らかに不適格だ。
入会希望のメールを受けた時も、不信感を感じた。ピンクの髪に派手なアクセサリーをまとった写真。ロックミュージシャンとしての破天荒な経歴。

植物を愛する気持ちさえあれば皆平等で入会する権利があるし、見た目で判断すべきではないと分かっていても、実際感じた不安や疑念の通りになってしまったのは、紛れもない事実だ。

平静を取り戻したとはいえ、三枝はどちらかというと気の弱い男だ。
この不毛な会話を終わらせるきっかけを作るのは、代表としての責務だろう。

「我々は植物を愛するクラブです。失礼ですが、ここの屋敷には植物を育ててる様子も見受けられませんし、もしかしたら我々のクラブの方向性とは異なっているような印象が、、、」

「ははっ、、、、そうか、君達もそんな程度のものか」

今までとは違う妙に淡々とした声のトーンに、不覚にも口をつぐんでしまった。

男は自分の頭を手でトントンと叩きながら続ける。

「ううん、そうだな、やはり理解しきれないのか。育てるという言葉自体がおこがましい、大きな勘違いだ。そう出発点が違う。俺たちは植物というゆりかごの中で揺られているだけという大前提が全く理解しきれていない。そうでないと到底できない発言だ。身の程を知るべきなんだよ。育てさせていただいてる、だ。そう、俺たちが生かされてるんだよ。全ての生命の根源なんだよ」

主張が一瞬途切れたものの、返す言葉が見つからない。それを悟っているかのように男は余裕を持った調子で続ける。

「そしてだ、愛の形はそれだけだと思うか?想像力の欠如だ。実に嘆かわしい。俺はね、共存したいんだよ。この地球の主である植物と」

男は急に立ち上がると、大画面のテレビに映像を流した。

目の周りを色とりどりの花で装飾し、恍惚の表情を浮かべる男。特に何かストーリーがあるわけでもない、奇妙な映像だった。まるでホームビデオで撮影した子供の成長記録のような、邪念のなさが、一層不気味な感覚にさせるようだった。

短い映像の終わりと共に、どかりとソファに腰掛けると、ゆっくりとコートをはだけ始めた。

包帯でぐるぐる巻きになった左腕から、枯れた花が何本か伸びていた。

「今の塩分濃度では難しいみたいだ。だが、俺は絶対に諦めない。俺の血を吸って生きる花。最高だと思わないか?それこそ愛だろ?」

男は左腕を掲げ、ぬらぬらと輝いた目で植物を愛おしそうに見つめるのだった。


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