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must-buyなギター YAMAHA Pacifica Custom

 以前にヤマハ(YAMAHA)のSGシリーズについて投稿したことがああるが、今回は同じヤマハのパシフィカ(Pacifica、以下PAC)について書いてみたい。
 また、ぜひとも所有しておくべきmust-buyなギターとして過去記事でギブソン(GIBSON)ES-335 Exportをとりあげたが、今回はPACの中でも特に名作と思っているパシフィカ・カスタム(以下PCTM)について、must-buyな一台としての価値を述べたい。





 現在もPACの型番で4つのシリーズを展開するパシフィカだが、誕生のきっかけは80年代末に遡る。
 ヤマハがカリフォルニアに構えていたYGD(Yamaha Guitar Development)が開発した新設計のモデルに、日本と北米大陸を隔てる太平洋(Pacific Ocean)にちなんでPacificaという名を与えたのがきっかけである。
 
 以前から北米市場に力を入れていたヤマハならではの経緯といえるが、実はこれと並行してヨーロッパの開発拠点が開発を手がけたモデルも存在し、実際に90年代にはカタログモデルとしてラインアップに加えられていたのである。

それがこのイメージ(Image)シリーズで、デラックス、カスタム、スタンダードの3モデルで展開された。
 残念ながらセールス的には不振だったようで、ラインアップの統廃合の都合か90年代半ばには生産が終了してしまったが、当時のヤマハの脱・日本市場志向がこのモデルからもうかがえる。

 一方のPACは幸いにも生産が継続され、数年をかけて主力製品のポジションを80年代生まれのRGXシリーズから譲り受け、90年代中盤以降は最上位からエントリークラスまで展開された。
 

 


 改めてPacifica Customだが、発売は1992年とされるのでPACシリーズの中でも古株のほうに入る。

 後にほぼ同クラスの最上位モデルPacifica USA2が登場したもののPCTMは2005年の生産完了までトップ・オブ・ザ・ラインの座を明け渡すことがなかったことからも、PACシリーズそしてヤマハにとってもPCTMは特別な意味と価値を持つモデルだったといえる。

 
 PCTMについてまず挙げられるのが、木部加工をワーモス(WARMOTH)が担当していることだろう。

 かつてヴァレイアーツ(VALLEY ARTS)とも関わりのあったワーモスは現在も木部コンポーネントのサプライヤーとして知られているが、ヤマハは木部を自社製造せずにワーモスに任せるという手法をPCTMを含む最上位クラスのモデルで採った。
 実際にはワーモスが製造したコンポーネントを日本に運び、自社工場で最終組み上げを行うという、自動車業界でいうところのノックダウン生産に近いかたちだったようだ。


 一見すると80年代に市場を席巻したスーパーストラトの系統にあるようなデザインだが、逆にその路線からの脱却を志向していることが、これは現物を手にすると判る。

 まず、木部加工の精度の高さである。
 ワーモスが厳選しただけあって木材の質の確かさは疑いようがないが、それらの組み上げもまた高い水準にある。

 ネックの接合部とネジ留めの方式は80年代のRGXから継承したものであり、ネックのヒールがかなり露出すること、ボディ側の接合面が小さくなりがちなこともあって剛性や耐久性に少なからぬ影響を与えるものだが、少なくとも今まで私が触ったことのあるPCTMは不安を感じなかった。

 同じ90年代でも台湾製のPACの下位モデルではネックやボディの、主に経年による変形によりプレイアビリティが著しく損なわれた個体に遭遇したことがあり、同じ設計でもやはり木材の質と組み込み時の加工精度が大きく影響することを実感させられたものだ。

 また、これも外観からは判りづらいのだが、伝統的なストラトキャスター系ギターに比べてボディが若干ながら小ぶりである。
 ボディのダウンサイジングといえばジャクソン(JACKSON)が有名であり、馬よりも小さい驢馬ろばにちなんだディンキー(Dinky)は後に多くのギターカンパニーが追従したが、そのディンキーよりもさらに小ぶりで軽量である。
 これはヤマハが80年代に生み出したMGシリーズの影響もあるのだろう。

どうしても大ぶりになり重量もかさむ伝統的なボディシェイプからあえて離れることで、よりスムーズなプレイアビリティを獲得するというデザインは(Pacificaは海外拠点YGDがルーツとはいえ)日本の楽器製造会社であるヤマハらしいといえる。

 他の注目すべき点としてはヘッドにアングル(角度)がつけられていることが挙げられる。

 画像からは判りづらいが、およそ12度前後のヘッド角度がつけられている。
 
 PACの中でもヘッドに角度をつけているのはPCTMと、その仕様にならった下位モデル821DXのみである。

Pacifica 821DX

 ヘッドの角度の影響が大きいのは言うまでもなく弦のテンション(張り感)だが、他にもロック式ヴィブラートブリッジや組み合わされるロックナットとの設計上の兼ね合いもある。
 実際にPCTMを弾いてみると手が感じるテンションは強すぎもせず柔らかすぎもせずの絶妙なバランスがとれており、初めて弾くギタリストが抵抗を覚えることはほとんど無いと思われる。
 
 ピックアップ(pickup、以下PU)の製造はディマジオが担当しているが、既発モデルをそのまま搭載したのではなくヤマハのディレクションを受けて製造したモデル専用PUが搭載されている。

 ディマジオに製造を託したとはいえギター生産にかかるコストの中ではPUはかなり大きなウェイトを占めるとされており、量産が効く既発モデルを純正搭載したほうがコストを抑えられる。実際に先出の821DXではディマジオのAir ClassicやBlue Velvetが採用されている。
 だがPCTMではヤマハのパシフィカのあるべきトーンを体現すべきという、これはこころざしというか、ギターデザインの理想を追求したのであろう、モデル専用PUを設計のうえ採用したのである。
 
 このモデル専用の、その名もYGDH(ハムバッキング)、YGDS(シングルコイル)だが、2020年代の機材に組み合わせて鳴らすと、中音域に厚みと粘りを感じる一方で、高音域の伸びが弱いように聴こえるかもしれない。
 ただしディマジオが製造を担当しただけあってノイズやハウリングへの耐性がかなり高く、ヘヴィでラウドなセッティングにも対応できる余裕が感じられる。100ワット超級のハイゲインのバケモノのようなチューブアンプが闊歩していた90年代らしいキャラクターといえる。

 

 80年代末から90年代初期のエレクトリックギターのトレンドをリアルタイムで体験しているギタリストはご存じかと思うが、この時期の度を越した速弾き‐シュレッドギターのブームがギター業界に与えた影響は非常に大きいものがあった。
 ネックグリップは可能なかぎり薄くて平べったく、フレットは高さがあって幅が広く、PUは高出力で高音域が尖っていて、ネックジョイント部は出来るかぎり小さめでハイポジションにアクセスしやすく‐これらのニーズに応え、かつ安価で量産の効くギターを多くのギターカンパニーが競って売り出した。
 
 もちろん、プレイアビリティに関しての、多数を占めるギタリストのニーズに応えるのはギターカンパニーのとるべき方策のひとつではあるし、PCTMにもそれが色濃く反映されているスペックはたしかに存在する。
 ネックグリップは伝統的なフェンダーギターと比較すればかなりスリムであり、フレットはジム・ダンロップのジャンボこと6100を採用している。ネックのジョイント方式も既発のRGXのものをそのまま転用してハイポジションへのアクセスに配慮している。

 だが一方でPCTMでは木部加工をワーモスに任せることで良質な木材を確保し、組み込みにも高い水準を保っている。
 これが、弦振動に対する木部の反応を感じられ、それが音にも出る‐俗にいう鳴る特性を獲得している。
 この木部の鳴りこそが80年代のギター生産で軽んじられたファクターであり、その反動は2000年代初期の、トム・アンダーソン(TOM ANDERSON)やサー(SUHR)、ジェイムズ・タイラー(JAMES TYLER)のハイエンド・コンポーネント系とよばれるギタービルダーとその製品が評価されるムーヴメントを引き起こす。

 PCTMはそのような潮流が顕在するよりも前の80年代末にデザインされ、木部やPUに十分なコストを割いたうえで製品化されたのであり、ギタリストを納得させる鳴りと高いプレイアビリティの両方を備えた、次代のヤマハ・エレクトリックギターのフラッグシップ(当時はあまり使われない言葉だったはずだが)として生まれたギターだったのである。

 



 2005年にパシフィカ・カスタムは生産を完了するが、それと前後してヤマハはエレクトリックギターの生産規模を縮小していき、日本国内で製造されるモデルも減っていく。
 海外拠点YGDは現在も運営されており、アーティストリレイションに注力しているようだが、日本市場に投入する新製品の開発のハナシはきかなくなっている。 

 現行のパシフィカは、最近のアニメへの登場により一躍脚光を浴びているものの多くはインドネシア製のミドル~エントリークラスであり、PCTMとは比較するほうが無理というものであろう。



 ヤマハPacifica Customのことをmust-buyなギターと呼ぶことに少なからぬ抵抗がある方も一定数はおられると思う。私とて元楽器屋店員、エレクトリックギターの、ギブソンやフェンダーを柱とするヒエラルキーが厳然として存在することは、もう判りすぎるぐらい判っている。
 
 だが、歴史的な背景や中古市場の価格を抜きにして、エレクトリックギターの、音を出す道具としての完成度と、ギターから感じとれる個性のふたつに重点をおいてみると、PCTMに比肩できるギターはグッと少なくなる。
 同年代の他社製品の中からあえて選ぶとすれば

アイバニーズ(IBANEZ)RG1608を挙げるべきだろうか。現在まで続く最上位ラインj-customの最初期のモデルであり、フジゲンの高い加工精度が活きる木部、ディマジオPU純正搭載(ただし既発モデル)といった仕様は今の眼で見ても実に贅沢だと思う。
 ただRGのボディは伝統的なストラトキャスターとほぼ同じ大きさであり、それなりに重量もある。小ぶりなボディによる軽量化と取り回しの良さを志向したPCTMとはその点で異なる。


 おそらくだが、細かい理屈抜きでPCTMの真価を理解できるのは、現在40代中盤の私よりもひと回り、いや、ふた回り以上若い世代のギタリストかもしれない。
 自分よりも年上の、今となっては知る人も少なく、YouTubeの実演動画もほとんど見つからないような廃番モデルが、しかし、現在主流の歪み系エフェクトペダルやアンプに繋いで鳴らすと驚くようなポテンシャルを発揮して唸り、吠え、叫びたてる。その様に眼を丸くする姿を想像するだけで私なぞは思わず笑いがこみあげてしまう。


 生産期間はそれなりに長かったものの高額だったこともあって流通台数は少なめだが、ネットを介した個人売買が浸透した現在であれば常に数点はヒットするようだ。
 中古楽器店やリサイクルショップの店頭に並ぶこともまだあるらしいし、現物を確かめられる機会があればぜひ試しておくべきだ。



☆ 



 最後にPCTMのサウンドのサンプルとしてスティーヴィー・サラス(Stevie Salas)を挙げておく。
 先のカタログの画像にも顔を出していたことからも判るように90年代初頭のサラスのメイン機はPCTMであり、この頃の彼の勢いのあるプレイをご記憶の方であればPCTMの持つポテンシャルも容易に想像いただけるものと思う。


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