詩集『越冬』より 5篇

詩集『越冬』より
「越冬」「コインランドリー」「かたちをなす」「未知の方角へ」「冷凍庫のなかの宇宙」の5篇公開します。
よければ→こちらからお求めください。


越冬

わたしの庭に
まあたらしい白が
間断なく降りしきって
うずたかく 連なる

思考する速度で
言葉、交わって
わたしだけのセーターを
編みこんでいく

雪が舞うように
雪虫が飛んで
この森のどこか深く
シマリスがドングリを運んでいく
埋められたドングリは
掘り起こされないまま
芽が出て あたらしい実をつける木になる

にんげんであるわたしは
ドングリのかわりに
言葉を蓄え 感情を食べて
眠ったり起きたり
ときおり腹を立てながら
少しずつ育っていく

わたしの胸のどこか深く
蓄えたことを忘れた言葉が
ひとりでに発芽して育って
誰かを包むかもしれない

心地よく 
忘れる


コインランドリー

ふだんのわたしが
もうねむっている時間
くたびれた衣服をかかえて
コインランドリーへ。

皓々と明るさを
放っているコンビニを過ぎて
横断歩道を右に曲がる

洗濯槽へ
垂直に衣服をほおりこみ
スイッチを押したら
ゴウンゴウンと回転する
わたしと一緒に一週間を生きた
お気に入りと服たちと
しばらくの別れ

乾燥機が静止して
微熱をともなった
わたしの分身を
ふたたびかかえて
いさぎよく弱点をさらして
曇天のなか
帰途につく

心地よい疲労
窓の外からさらさらと雨の音がする


かたちをなす

こわい夢を見て
深夜に目が覚め
むらさき色の布団から
静かに這い出た

電気のスイッチを押し
お気に入りの本たちをかたわらに
詩を書き始めた

不安定な感情を
鋳型に注いで
香ばしく焼き上げる
うまくいきますように。

朝の密度が
濃くなるころ
あなたが台所へ現れ
二人分のコーヒーを淹れて
わたしの向かいに座った

空腹をおさえて
詩を書くわたしに
あなたが卵を炒めていく
穏やかに時間が流れ
ふたたび 朝となる

感情がかたちをなして
いっさい 咀嚼する
どうかこのまま
うまくいきますように。


未知の方角へ

迷子になりたくて
わざと遠回りして帰る
結局辿りついてしまうから
わたしは臆病なままだ

知っている街が
異世界に見える瞬間
を欲して
詩を書くように歩く
文字におさまらない感情がたゆたう

すみかを転々として
日々を経過して
どの場所も
安住できないと悟ったとき
ふたたび 世界はあたらしい

こわいものから逃げて
おいしいものを食べて
旅するように生きて
足跡はみんな詩になった

あたたかい食事を摂りながら
わたしたちは会話をつづける
わたしの突飛なひとことに
きみが見たことのない角度で笑う

たちうちできない


冷凍庫のなかの宇宙

冷凍庫のなかで
行儀よくおさまって
わたしを呼ぶ
いのちたちいとしい

水金地火木土天海冥
惑星のように並んだ
明日 食べるための
とっておきのご馳走

音も、光も、熱もない宇宙で
小さな石が小さな石とぶつかって
小さな星になる
ぶつかるのは怖いし
砕けるのは痛いけれど
星になるための大切な過程

無限に続く日々は
ほんとうは無限ではないことを
つい忘れそうになる
連なって続く日々が
宇宙まで拡大して
きみの鼓動を聞いている

食卓で
宇宙で
きみを呼び
きみに呼ばれて
わたしも一緒に
小さな星になる

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?