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「悪気はない」・・・だから何?

「悪気はなかった」「彼(彼女)に悪気はない」

こんな言葉を聞いたことが、皆さん、一度どころか、何度もあるのではないでしょうか。

私も、何度もあります。

この言葉を聞いた時に、皆さんはどう思われましたか?

「仕方ないなあ、許そう。」

と、思われましたか?


たしかに、そういう場合もあるかもしれません。


ですが、ほとんどの場合は、余計に腹が立った、

あなたの怒りという火に油を注ぐような結果だったのではないでしょうか?


どうしてそうなるのか?

それは、「悪気はない」という言葉の後ろに、「ある言葉」が隠されているからです。

その、ある言葉とは・・・


「だから許せ(許してやれ)」。


少し、想像してみてください。

あなたが一生懸命、苦労の末に作ったものを

(料理でも、書類でも何でも構いません)、

Aという人物が、壊す、破るなどをして、台無しにしてしまった。


大事なものを台無しにされたあなたは怒り心頭。

当然ですよね。

苦労を水の泡にされたのですから。

怒り心頭のあなたに、Aが言います。

「いやあ、悪気はなかったんだよ(だから許せ)」

・・・許せますか?


許せるはず、ないですよね。


そもそも、相手を傷つけてしまった場合にまずいう言うべき言葉は

「ごめんなさい」


であるはず。

「あなたの大事なものを壊してしまってごめんなさい!」

「あなたを傷つけてしまって、申し訳ない!」

これならまだ筋は通りますし、

「しかたないなあ・・・許してやろう」

という気になるかもしれませんね。

もちろん、どうしても許せない場合はあります。

ところが、世の中にはこういうと…

「いや、相手は悪気はなかったんだから、何をされても許すべきだ!」


という「ご立派な」考えをありがたくも「押し付けてくださる」方がいらっしゃいます。


そういう方に一言いいたい。

「じゃあ、同じことをされたら、あんたは相手を許せるんだな?」


こういいますと、この手の人は大体、こういうのではないでしょうか。


「いや、だから許すべきだ」


質問に答えていませんね。

こういう人のことを何というか。

「偽善者」です。


こんな人の言うことを聞く必要は、全くありません。


許す、許さないの決定権を持っているのは、あなただけだからです。


他人がどういおうと、「許せない!」とおもうなら、相手を許す必要はないのです。

逆に、「許してやろう」と、あなたが思うなら、許していいのです。


「いや、みんなのために少しくらいは我慢すべきだ!」

という声もあるでしょう。

それも、一理あるのです。

場合によっては、我慢しなければならないこともあるでしょう。

しかし、許せないものを許していたら、傷つくばかりです。

それに・・・相手に間違ったメッセージを伝えてしまいます。

「あ、こいつは何をやっても許してくれる。だから、何をやってもいいんだ。」

というメッセージを。


あなたはそんなメッセージを発信しているつもりはないでしょう。

ですが、都合のいい解釈をする人間というのは、残念ながら、存在します。


だからこそ、あなたが許そうと思ったなら許せばいいですし、

逆に許せないと思えば、無理して許す必要はないのです。

そして、仲裁するふりをして、加害者の味方をする人が「許すべきだ」

といっても、聞くべきはその人の言葉ではなく、

あなたの心の声、つまり、あなた自身がどう思うかです。


「悪気はない」という言葉は、免罪符ではありません。

言い訳の言葉です。


だからこそ、聞く必要はありません。


自分は相手を許したいのか?

それとも、許せないのか。

大事なのは、あなたがどう思うかです。















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