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カミ様少女を殺陣祀れ!/22話

【目次】【1話】 / 前回⇒【21話】

「あ、あんたたちッ! 冗談でも言っていいことと悪いことがあるわよ! 天照大神なんて神様がそもそも存在するかどうかすら分からないけど――」
「ヘッ、塩尽の神様だってこうして存在してるだろ。天照だって存在するに決まってらぁ! 俺らの組織、静寂霽月(シジマノセイゲツ)は権威ぶってシャチホコ張ったヤツらがでぇ嫌ェなのさ! それが例え神であっても!」
「だからぶっ潰すッて!? あんたたち、それ本気で言ってんの!?」
殆ど呆れ返った様子の丞子に、甚八はずずっと身を乗り出して笑った。
「モチのロンよォ! 人を倒すのが人なら、神を倒すなら神、だろう!?」
甚八の瞳がランタンの電子光に照らされ、子供じみて喜々と輝いていた。
丞子の瞳が僅かに揺れた。このジジイ本気だ、そう疑いなく理解した。


「諏訪神だの鹿島神だの……この桔梗野の玄蕃丞子様には関係ないわよ……」
「そうはいかねえな。日ノ本の遍く神は、天照大神の管轄下にあるんだ」
――――――――――
「参りました」
「この鹿島大明神の目ん玉が黒いうちはよ、この『国』じゃ悪さはさせねぇからよ、精々大人しくしてるんだな、とっちめられねぇようによ!」
「ハイ全く仰る通りでございます……チッ」


丞子の脳裏に鹿島神との誓約が思い起こされ、彼女は白け顔で頭を振った。
「あっほくさ……それが本気で願い事だってんなら、話はもう終わりよ」
「アァ? 年取ると耳が遠くなっちまっていけねぇやな。今なんてった?」
甚八が芝居がかって耳に手を当て煽ると、丞子は踵を返しかけて振り返る。
「だ・か・ら! 神様同士の戦争はやんないって言ってんの! 三流四流の田舎神ならともかく、天照大神なんて勝てっこないに決まってんでしょ!」
「勝てなくても、やるんだよォ! 人間も神様もみんな揃ってお手々繋いであの世まで徒競走さァ! 殺し殺されて血の池地獄! たーのしぃぜェ!」
速人は丞子のヒキ顔を一瞥して後、甚八の顔を見て慄然とした。犬歯を剥く闘犬めいた笑み。ハッタリじゃない、本気だ。速人の背筋を悪寒が走った。


丞子は溜め息と共に頭を振り、背を向けて拒絶の意志を強く示した。
「キ印のジジイにしか相手されないなんて不幸だわぁ。マジ病む……あんた頭おかしいんじゃないの。萎える……もういいからさっさと帰りなさいよ」
「何だァこの程度でケツまくるたぁ、塩尽の神様代表が聞いて呆れるぜ!」
甚八が更に煽ると、速人は息を呑んで丞子と甚八の顔を交互に窺い、そして気づいた。社殿の屋根や境内の物陰から、青白い鬼火が飛び来たるのを。
「何とでも言いなさいよ。一つ忠告しとくけど、口の利き方には気を付けた方がいいわよ。私みたいな木っ端神様でも、人をぶち殺すのは簡単だから」
「「「ギャア! ギャア! ギャア!」」」
青白い光に照らされ、振り返る丞子。足元では鬼火狐たちが臨戦態勢だ。


ライトに照らされた甚八の笑みがニィと引き攣り、スッと真顔に戻った。
「おお怖ェ、そう凄むなや。神様の暴力をちらつかされたら、おっかなくて交渉もできねえ。分かった分かった、一先ず今日のところは諦めてやるよ」
「明日来ても、明後日来ても無理なものは無理! 今度来たら、警告なしで狐たちをけしかけて、あんたたち顔も分からないぐらい挽肉にするからね」
甚八は正体の知れぬ顔でヘラヘラと笑い、両手を挙げて降参した。
「分かったよ、もう二度と来ねえ! 諦めた! 邪魔して悪かったな!」
帰るぞ、と言われて速人はホッと胸を撫で下ろした。丞子はこちらをじっと睨んでいたが、一先ず攻撃する気配は無い。速人は甚八を追って歩く。
「クソ生意気な人間ども。迂闊に天照と事を構えようもんなら、クソ山猿にぶちのめされるのはこっちだっつーの! 一銭にもならん、このバカ!」
二人の人影が遠ざかり、小排気量バイクがエンジンを吹かして走り去る。
丞子が踵を返した瞬間――拝殿の足元が大爆発、木っ端微塵に吹き飛んだ。

――――――――――

目が覚めると、僕はいつもの四畳半に居た。いつもと同じ折り畳みベッド。いつも寝ている、出がらしの紅茶パックみたいな寝心地のマットレスの上。
本棚、小さなテーブル、型遅れのノートPC。部屋は僕が戻る以前と、何一つ変わりはしない。あるべき物が全て充足している。不思議な気分だった。
何も足りない物など無いはずなのに、僕の過ごした二週間ほどの記憶だけがぽっかりと頭から抜け落ちている。何が現実なのか、わからなくなる。
僕は恐る恐るジャージを引き上げて見た。火傷のケロイド痕みたいな痣は、一晩経っても僕の胸元にしっかりと残っていた。僕の記憶の忘れ形見だ。
僕はゆっくりと寝床から降りて本棚へ視線を滑らせ、ふわりと流れた微かな香りに足を止める。甘い香り。初めて嗅いだ気のしない、懐かしい香り。
「香水? そんな物、僕が買うわけ……一体どこで?」
本棚の右上、開いていた筈の場所に、スクエアのガラス瓶……№5。


居間に行くと、爺ちゃんとレイナさん……僕の腹違いの妹が押し問答だ。
「これーもうレイナ、いい加減に駄々をこねるのは止めんか!」
「ヤダーヤダー、学校行きたくなーい! このまま引きこもってネット通販だけで生きてたーい! 私マイチューバーなって三億円稼ぐんだもーん!」
「まーたそうやって夢物語を……余りしつこいとオッパイ揉んじゃうぞい♡」
「ギャー近寄んじゃねえ変態クソジジイ! クソが死ねよ!」
「ふぁ……朝から元気だね二人とも」
「あ、お兄ちゃんおはよう。ところでここに中学生のオッパイ揉むとかいうロリコンジジイが居るんだけど、今すぐ殺していい?」
これだよ。僕は頭を振った。お兄ちゃん、って慣れ慣れしく言われてもね。
「爺ちゃんもさぁ、いつまでも悪い冗談言ってると、警察の世話になるよ」
「のッ!? ノゾムまで敵に回ったら、ワシの味方はこの家にいないぞ!」
居間の騒動に負けず、大きな鼾が聞こえた。ナナエさんはまだ寝てるのか。


「ねぇーねぇーお兄ちゃん二ケツしよー、しよーったらー」
「しないよ!? このリヤキャリア、耐荷重30キロしかないんだよ! 大体二人乗りして駅まで行ったら、レイナさん帰りはどうする気なの!?」
「レイナさん、レイナさん。まーたレイナさんだよ。そんなに私が妹だって認められないの? わーマジで傷ついたもう学校行きたくなくなったもん」
「ゴネたって無理なモンは無理だよ……あ」
玄関で悶着していると、ふと視線を感じて振り返った。神社の境内から来る人影は、『晴嵐学園血風録』のヒロイン『一之宮きざし』に瓜二つの――
「ゲエエエェェェムのキャラにそおおおっくりですねぇ、お兄ちゃあん?」
「レ、レイナお前ッ!? なぜそれをッ!?」
「パス無し、丸裸で無防備なノーパソをこれ見よがしに置かれたらねぇ?」
レイナさんが腰に手を突き、ニッヒヒィと口角を吊り上げて邪悪に笑った。
僕が一睨みして顔を上げると、全裸の『荒神様』の姿は既になかった。


「お兄ちゃん、おにーちゃあーん! まぁーだ怒ってるーんでーすかー!」
「当たり前だわ! 純情な少年の性の憧れを気安く覗き見しやがって!」
「ハァ? 良く分かんないけど、取り敢えずキモい。やーいキモオター!」
「言われなくても分かってんだよ放っとけ! 大きなお世話じゃ!」
僕とMTB。レイナさんと新しいママチャリ。田舎道を駆けつつ戦いは続く。
「あたしーあの幼馴染キャラ好きだったけどなー。何で偏屈なキャラな」
「偏屈だから好きなんだよ! いや冷静に考えると本当に何でなんだろう」
「あれ、神様なんでしょ。何でゲームキャラの格好なんかしてんのさ」
「だから……だから、それが思い出せないんだよ……本当に何でなんだ……」
それきり二人とも黙りこくって、南那井の宿場地まで辿り着いた。
石畳の道に、ふわりと線香が香る。不動様の小さなお堂、僅かに開いた扉。
公衆トイレを掃除するオバサンと挨拶を交わし、滾々と清水が沸く水神様を通り過ぎて、人気のない宿場町を駆け過ぎた先には、南那井駅。

――――――――――

「ねー今朝のニュース見たー? 稲荷神社で爆弾騒ぎだってー!」
「見た見たー! こんな田舎町で怖いよねー! まさかテロ?」
「ハハハ、まっさかー! もう止めてよそー言うこと言うのー!」
高校までの通学路。国道を跨ぐ交差点。横断歩道の前で信号待ち。周りには僕と同じ、塩尽修學館高校の制服を来た学生が犇めいていた。
「トモヨシくん、顔の傷。また喧嘩? お母さんに心配かけちゃダメだよ」
「っせぇ、一々口出しすんな。ユイカにゃ関係ねーだろ」
「関係なくないよ! 幼馴染だし! それに、その……」
他愛無い会話を聞いて、何となく声のした方に振り返る。あの強面の男子は確か、武居友與志(タケイ・トモヨシ)。無断欠席常習犯で喧嘩三昧と噂に聞く不良だ。隣の女子は鎌唯花(カマ・ユイカ)。二人ともクラスメート。
タケイくんが僕を不愉快そうに睨むと、つられてカマさんも僕を見た。
「あッ、ジンジくん! 今日から学校? 病気治ったんだね!」


僕が口を開こうとした瞬間、人込みが揉みくちゃにされて悲鳴が上がった。
もつれ合う人波から、タケイくんが押し出され……うん? 押し、出され。
人込みから突き出す手が見えた。男子高生の制服。それも一人じゃない。
「あ、あぶなーい!」
「トモヨシくーん!」
「「「ギャーッ!?」」」
誰かの声に、手を伸ばすカマさんの叫びが続いて、悲鳴の大合唱。赤信号の路上に放り出され、血走った目でこちらを振り返るタケイくん。横合いから迫り来る、大きな運送トラック。クラクション、ブレーキ、間に合わない!
瞬間、僕は頭にカッと血が上って、焼けるように全身が熱くなった。
ゆっくりと流れる視界。僕は気づけば、鞄を投げ、走り出し……走り出し?
一歩、二歩、三歩。届いた。タケイくんを、背負い、走る、走る、走る!
対向車線を駆ける車、その後から車、避けて、隙間を、縫って……走れ!
途端に時間は加速して、強烈な空気抵抗で僕は我に返り、立ち尽くした。


無数に鳴り響くクラクション。タイヤが唸りを上げ、通り過ぎる車体。
気づいた時には、僕の身体は反対側の歩道の上にあった。そういえばやけに左肩が重い。肩の上には、僕より一回り大きいタケイくんの身体が。
「おい、おい……おいッ! 手前聞いてんのかこのバカ! 早く下ろせ!」
「ハッ!? あッ、あぁ……ごめん」
青信号。流れ来る人並みは、信じられない物を見る目で、僕とタケイくんを交互に見ながらひそひそ話を交わしている。一体、何が起こったのかと。
僕にも分からない。何だったんだ今のは。
「トモヨシくん、大丈夫!? 怪我は無かった!?」
カマさんが二人分の鞄を握り、息せき切って僕たちの前に駆け付けた。
「もう、ジンジくんも映画の見過ぎ! あんな危ないことしちゃダメよ!」
「あ、いや……うん。ゴメン」
「チッ!」
タケイくんはバツの悪そうな顔で、一人さっさと歩いて行ってしまった。



【カミ様少女を殺陣祀れ!/22話 おわり】
【次回に続く】

From: slaughtercult
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