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はぐれ猟犬と裸の山猫

 廃ホテルの一室に漂う、塵芥と黴、悪徳と暴力、血と小便と精液の臭い。

「力の伴わぬ正義感は無意味だな。能村弓弦巡査長」
「おら、立て!」

 薄汚れた壁の前、全裸で満身創痍の女が投光器に照らされ、二人の悪漢に両腕を掴まれ引き摺り起こされた。

「君はやり過ぎた。ゆえに君はここで自殺する。これが権力だ」

 光の中に佇む影の男が、32口径コルト・ディテクティブ・リボルバーの銃口を向ける。能村は錆色の双眸を窄ませ、男に血混じりの唾を吐いた。

「クソ食らえ」

 挑発に対する答えは銃声。無垢の鉛弾が能村の左耳を撃ち、右耳を穿ち、最後に前髪を舞い上がらせた。能村は壁で後頭部を打ち、頽れる。

「女は黙って男に服従していれば良いのだ」

 男が独り言ち、能村の手元に拳銃を置くと、嘲笑が漏れ聞こえた。一瞬の弛緩の後、カメラのシャッターを連続で切るような機械音。

「何だ!?」

 悪漢たちは反射的に身を翻し、音の方向を見た。その背後で、能村の指が微かに震える。機械音。交錯する怒号。数発の銃声が轟く。悲鳴と断末魔。

「クソが」

 能村は額から血を流し、嗄れ声で呻いて両手を彷徨わせる。拳銃の把手に指が触れ、本能的に握り締めた。顔を上げると、散乱する死体の中で二人の人影が対峙していた。戦術ライトのビーム光が内通者の首を照らし出す。

「待て! 俺は警察だぞ!」
「倉山警部だな」
「そうだ! 俺を殺せばどうな」

 能村は激昂し、倉山の背中に右手の銃を三連射。暗闇から瞬間的に連射が返され、左乳房の下に熱い衝撃。挟み撃ちの倉山は血塗れで崩れ落ちた。

 弾切れの拳銃を握って横たわる能村に、戦闘靴の足音が近づく。殺し屋が屈みこむと、水鏡じみた瞳が覗いた。見覚えのある目。能村の眼前で覆面が懐かしい幻に姿を変える。少年は能村の前髪を厳かに掻き揚げ、微笑んだ。

「大した石頭だ」

 能村は縋るように手を伸ばした。

「兄ちゃん……」

 黒革の手袋が、汚れた手を握り締める。


【続く】

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