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ショートショート 『TIME IS MONEY』

 傾きかけた小さな会社。
 Bはそこに入社して五年目になる平社員。
 いよいよ経営が立ちゆかなくなってきた。
 そんなある日、朝礼後、Bは課長に呼び止められ、給湯室に連れてゆかれた。
「なんでしょうか?」
「いや、君に頼みたいことがあってね」
 課長は周囲に誰もいないことを確認し、ポケットから紙幣を取り出した。
「これを見てくれないか?」
 課長は声をひそめ、Bに紙幣を手渡した。
「な、なんです?」
 これはきっとよからぬことが始まるぞ。
 Bは紙幣を眺めながら、そんな嫌な予感に襲われた。
「見てみたまえ」
「はあ・・・・・・」
 といわれても、それはなんら変哲のない紙幣だった。
「偽札だ」
 その言葉に、Bは「はあっ!?」と声を上げる。
「静かに。いいか、よくできてるだろう?」
「え、ええ・・・・・・」
 確かによくできている。まるで本物のようだった。
 けれどBにしてみたら、そんなことはどうでもいい。
「なんなんですか?」
 返答次第では、これを警察に伝えなければ。
 そのくらいの倫理観をBは持ち合わせていた。
「君には、これを大量に作る仕事を任せたい」
 課長の真面目な顔。どうやら本気のようだ。
 けれどそれはれっきとした犯罪である。
「いや、そんなことできないですよ」
「大丈夫だ。これは社長命令なんだ」
 なにが大丈夫なものか。
 会社ぐるみで犯罪行為をするなんて、大丈夫から一番遠い。
「見ろ、うちの技術じゃ、誰にもバレない」
「バレますって。透かしとか色々あるんですから」
「だったら」
 そういうと、課長はポケットから札束を取り出した。
「これを君にやるから、実際に自分の目で確かめてみるといい」
 課長は札束をBの手に握らせる。
「いい返答を期待しているよ」
 そう言い残し、課長は給湯室から出ていった。
 どうなってんだよ!?
 Bは札束を握りしめ、ポカンとその場に立ち尽くした。
 
 仕事帰り、Bはコンビニに立ち寄った。
 そこで弁当とお茶、週刊誌を持ってレジへゆく。
 そして財布にしまっていた偽札を一枚、店員に渡した。
 大丈夫なんだろうな?
 Bは半信半疑、バレたらシラを切るつもりだった。
 けれどすんなりと会計は終わり、Bは店を出ることに。
 まあ、これだけじゃあなんともいえんな。
 Bは近くにあった自動販売機に偽札を入れた。
 これもすんなりと飲み物を購入できた。
 いやいや、そんなこと。
 今度は銀行に入り、偽札数枚を行員に渡し、両替を頼んだ。
 すると、またもやこれも上手くいった。
 
 翌日、Bは課長を訪ね、昨日のことを報告した。
「うちに新しい部署ができるんだが、そこに君を配属したい」
 突如、課長はそういうと、Bを室外に連れ出した。
 そして、地下にある一室にBを案内した。
「ここは?」
 そこには室内の半分を埋めるほどの機械があった。
「ここで偽札を刷るんだよ」
 課長はそういうと、機械のボタンを押す。
 すると機械は低音を響かせて稼働し始めた。
 紙が自動でセットされ、そこに紙幣の絵柄が印刷されて、ベルトコンベアーで移動する。
 そして今度は裁断され、一枚の紙から数枚の偽札ができ、それがまた移動して重ねられてゆく。
 その山が百枚ほどに積み重なると、それが薄紙で束ねられ、用意されたトレイに押し出される。
「こういう具合だ」
「はあ・・・・・・」
「君には、ここで九時から五時まで働いてほしい。やることは機械の観察に、できた札束を・・・・・・」
 課長は室内にあるジュラルミンケースの山から一つを手に取り、そこに札束をしまう。
「こうやって詰めてゆくだけでいい。九時から五時以外であれば、この機械を自由に使ってもらってかまわない」
「え?」
「これで自分のための偽札を作ってもらってかまわないということだ。それが報酬となる」
 おいおい、マジかよ。
 Bは生唾を呑み込んだ。もはや倫理観は薄れている。
「受けてくれるかい?」
「え、ええ」
 こうしてBは、会社の偽札作りを一手に引き受けることとなった。
 
 それからBは九時から五時まで会社のために偽札作り、五時から七時までの二時間を自分のための偽札作りにあてた。
 当たり前だが、Bの資産は瞬く間に増え、死ぬまで遊んで暮らせるほどの富を築いた。
 高級マンションに引っ越して、外車を買って、Bの所有するマンションの数室は偽札の山で埋められた。
 もはや偽札ではない。これはれっきとした紙幣である。
 けれど、Bが仕事を辞めることはなかった。
 毎日決まった時間に地下の一室に出社して、変わらぬ生活を続けている。
 他の社員からすれば、いるかいないのかもわからないBという存在。
 既に亡くなった先先代の社長も課長も、Bの影の薄さから偽札作りに抜擢したのだろう。
 Bは機械を観察しながら、自身の右腕の関節にオイルをさして動きを確認。
 人間というのは、最後は富や名誉じゃなくて、永遠の時間を欲しがるのだな。
 Bは思う。そして自分はそれを手に入れた、と。
 今日も地下の一室には、あの低音が響いている。
 
 あなたの財布にある紙幣、それは、果たして本物でしょうか?
 

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