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-サービスされた跡の、移ろいと虚ろ-映画「ドライブ・マイ・カー」を観てみる

衣装から舞台へ、あるいはコイヘルペスウイルス

2021年8月21日の晩、「ドライブ・マイ・カー」(2021年)を観た。長野県は飯田のトキワ劇場で18時からの回である。確か「寝ても覚めても」もこの劇場で観ている。今回はわたしたち2人のほかに、もう1人の3人だけが客席に座り、この映画のクルージングを楽しんだ。残念ながら貸切にはならなかった。
観終わって、「これは広島カープファンにはたま(多摩)らない映画なのでは」と思った。自分も子どもの頃、父親の影響があって、うっすらカープファンだったことを思い出した。
女性のドライバーということで、20世紀映画の最後の方に現れた「ナイト・オン・ザ・プラネット」(1992年)のウィノナ・ライダージーナ・ローランズの巻がふと頭をよぎった。女性ドライバーの服装は、ロバート・デ・ニーロの「タクシー・ドライバー」(1976年)を想起させるものでもある。
広島という都市の建築的な解説もある。谷口吉生の広島市環境局中工場(2004年)がある場面に登場し、丹下健三広島平和記念公園が示した原爆ドームへと結ばれる軸についても映画のなかで言及される。映画全体でいえば、自動車ということもあって道路がいたるところに交錯し、曲がりくねっていて、土木的でもある。この流れるように走るマイカーがマツダの車だったとしたらどうだっただろう。建築的には、自動ドアも含めドアや窓の開け閉めに注目していても面白いだろう。前置きはさておき。

球体のふれあい、そして触れ合えない眼球

人物たちの眼に異常な光が宿ることがある。緑内障というよりも白内障の症状のようにも見える白い点が眼球に浮かび上がっており、何かどこか遠くの光源を眼球が反射しているのだろう。いったい何が反射させているというのだろうか、また遠方からやってくる光とは何であろうか。
ある人物の頭という球体と別の誰かの頭という球体が触れ合う。それは性交の真最中であるかもしれないし、玄関先であるかもしれない、あるいは広島の演劇祭の舞台の上かもしれないし、北海道の積雪した丘の上かもしれない。顔を寄せ合う、頬が触れ合う、口と口とがキス(空き巣ではない)という行為を通じて触れ合う、抱き寄せ触れ合う、球(多摩ではない)と球(魂ではない?)とが前後上下左右、比較的自由に接触し、そこに暴力は感じられない。しかし、この二つの球はいくら強く押しつけ合っても合体することはできない。性交や強姦や自慰は、その意味で擬似的で比喩的な合体であるのかもしれない。しかし、顔と顔を寄せ合ったところで、ある眼球ともうひとつの眼球は触れ合うことができない。人と人はゼロ距離で互いの眼を観ることができない。できないというよりも、日常的にはその行為は固く避けられているのである。なぜだろうか。
人と人との距離は、身体的な距離であると同時に、頭と頭との距離でもあり、眼と眼の距離でもある。この距離がなければ人は人を観ることができない。逆に、人を観るために、顔を観るために、眼を観るために、人は他人の眼に自分の眼をくっつけることはないのである。

こちらを観てはいけない

それであっても眼は眼を観ているのであろうか。ベッドやソファの上でその最中、体どうしは向き合い触れ合っていても、男女は互いを見ていないように感じられる。あの赤い車(使用後のタンポンではない)の運転席や助手席に乗った女や男は、互いの眼を観ることはほとんどなく、フロントやサイドのガラス越しに野外を見つめている。運転にあってはその視線を義務付けられていると言ってもよいだろう。そのため霧島れいかが演じる妻の音は、助手席に座る夫の家福悠介(西島秀俊)を見ようとして、前を観て運転するようたしなめられる。広島の海沿いにある清掃工場でもUFOキャッチャーのようなアームがゴミの堆積を虚しくつかもうとしている様子を渡利(三浦透子)と家福はガラス越しに見つめており、火が灯った炉(原子炉ではない)やそれらのオペレートの様子を見つめており、その後、原爆ドームや平和記念公園から伸びる平和の軸線に沿って外気が抜ける通路を通って親水的な堤防に場を移す。そこでも二人の視線は強く交わされることはない。タバコに火を付け、ライターを放り投げ、転がり込んだフリスビー(あるいは眼球のような円)を返すのである。(余談ではあるが、このフリスビーの存在については、監督の濱口竜介の同窓でもある千葉雅也の指摘もあり、千葉の小説作品への引用もみられる。)
後部座席で家福と若い男の高槻(岡田将生)が向かいあったとき、彼らは眼と眼を見つめ合いながら語らっているだろうか。むしろ彼らはキャメラを覗き込むようにしている。彼らが観ているのは、キャメラのレンズ越しに、時空を超えてスクリーンに向かい合うわたしたち観客である。車内のキャメラは前方の座席の方から会話のカットバックを経て徐々に彼らの視線に一体化しようと後部座席の方に下がっていく。遂には下がりきって後部座席に構えられるが、車内は狭いため、後部座席の一方の人物は消え、キャメラ(それは監視カメラであるとも言える)に対し独白あるいは傍白する顔という感覚が満ちてくる。この独白ないし傍白は当然ながらチェーホフとそれ以前の演劇の伝統を踏まえてもいる。

家なき子たちと車

家やその中が現れることは少ない。終盤に現れる家はゴミのようにスクラップになっていて、中に入ることはできない。序盤に現れる家には夫婦が住んでいるらしいが、間男も出入りしているらしく、ガラス越しには奥多摩丹沢の山系だろうか、関東のいずれかの山並みが見えている。しかし四歳で子を失い、忙しく働く夫婦はこの家を空けることも多く、そうした少ない逢瀬には性交も試みられるが、それは夫婦に限ったことではないので、これは家ではなく性交場(それも家の重要な機能であるものの)に特化しているようにも感じられる。中盤には朝鮮半島から広島にやってきた夫婦の家が映っている。この家が最も家らしい。大きな犬がカウチに横たわったりしている。じゃがいもをアレンジした料理が振る舞われ、缶ビールが並んでいる。この時、夫婦と渡利と家福は向き合い、互いを見つめ合っているようにいるように感じられる。
この作品で家に変わるものとして車が提示されている。そしてそれは移動でもある。島から島へ、橋を渡り、事故を起こし、ジャンクションで選び、トンネルを抜け、夜を越え、海沿いをグネグネとしながら、車で移動する。こうして愛着を持たれた車は、まるでそれが頭という球体に取って替わる無骨な箱のように見えてきて、遂にはそのヘッドランプやテールランプはこの家の二つの目、四つの眼にも見えてくる。タバコの灯火やそこに乗る人物の眼を合わせれば、それはヤツメウナギのように見えるのかもしれない。多摩の赤い車はまるで生きているように感じられ、家のように生きられ、頭のように働かれ、眼のように観られているように感じられる。
車にはドアがあり、窓がある。開いては閉まり、閉められては開く。外部の音を閉ざし、風を閉ざし、人物の自由な往来を閉ざすドアや窓は、しかし開くこともできる。自動ドアやパワーウインドウも含め、そうした開くものと閉じるものの動きもこの作品で着目したい点である。

強く閉める、そんなに強くしなくてもいいのに

涙とは何か、音の話の中に出てくる女の子の涙は性的な隠喩がやや強すぎるようにも思われ、渡利の頬の傷は涙の跡ではないにしても、ポジション的には涙的な何かとも思える。点眼(眼の点ではない)のモチーフは、演劇やテレビドラマに利用される涙の嘘臭さへの皮肉として効いており、映画の嘘をも暴露している。
ところで、演劇祭の責任者の女性(安部聡子)は役の上では韓国籍なのであろう。彼女の存在は著しく感じられる。彼女の言動にはどこか笑えるユーモアが漂っている。この作品の終わり近くで、彼女は激しく車の助手席のドアを閉める。作品の中に通底する静かな開け閉めの中で、その強さや音が際立っている。この作品の強靭さ支えるアクションである。彼女の立ち位置(ポジション)は、小津安二郎の映画の杉村春子と言ってもよいだろう。彼女は、この作品にとって目から流れ出る涙、あるいは頬の傷のようなものでもある。
もちろん、演劇的には渡利のうつろな感じもよい。
前半、家福が島嶼部のレジデンスに至る。その宿舎の2階から水平線が見える。ガラス面と引込戸の間に一尺ぐらい外に張り出した肘掛窓があり、そこからマイカーを駐車した海っぺりを家福が見下ろし、車の脇に渡利がいるというショットがある。蓮實重彦が指摘するように、戦前の小津安二郎も、「二階から目薬」というわけでもないが、二階からの視線を多用しており、戦後になって「東京物語」(1953年)では、荒川の土手にいる東山千栄子へ視線を投げる笠智衆も二階にうつろに佇んでいた。「東京物語」では、二階と地上(土手)の関係がひとつのショットに収まりきらず、カットで割ることによって、二階にいる人物と地上にいる人物との位置関係に幻視的な関係が生じている。スタジオ撮影とロケーション撮影という実際上の必要があって、あのような二分される関係が際立つカット割になっている。しかし、小津は、その撮影に要請された必要を悪用して超越的なショットとして主題(妻の死、母の死)にうまく組み込んでいる。この作品の瀬戸内海に向けたあの二階からの視線では、「東京物語」の荒川への視線に代表されるようなショットの二分割を意図的に取り込んでおり、渡利のあの海っぺりの佇まいに映り込んだ虚ろに泣けてしまうのである。荒川と瀬戸内海は、涙の嘘を実景によって真実の側に包摂してしまう。瀬戸内海に臨んだ赤い車と渡利の関係は、「東京物語」で荒川に臨む祖母と孫の関係と相似している。もちろん、マイカーの赤は、小津が小道具に用いた赤でもあったが、小津の赤が静物であるなら、濱口の赤は動物であり、ゆえに血にも通じていく。

車に酔わずして、バッドトリップ

「ドライブ・マイ・カー」は「東京物語」に留まることなく、やがて「広島物語」に、そして「北海道物語」に変身し、その先の物語へシークエンスが持続する予感がある。北海道のいわゆる「上十二滝町」のシーンでも、「家福は白い空をバックにどこを観ているのだろう?」というショットが連続する。これは例の車中の独白的なシーンで、「このドライブは長すぎてどこを走っているのだろう?」と都市を幻視させる後部座席での家福の目の泳ぎにも通じている。例えば、この家福の視線の遊泳あるいは揺曳、クルージングは、手話を用いるパク・ユリムや安部の演技の堅実さ、あるいは音または高槻の視線の強烈さと対比される。
一般的に、車内に据えたキャメラで走行の振動をどこまで許容するかという問題は、演出の見どころではある。この作品でもフレームの揺れがどう出ているかは注目したいところではある。しかし、音声や録音にも関わるが、車には振動の他に騒音があり、そちらはどこまで許容されるのだろうか。この振動や騒音といった公害とは言わないまでも、通常は映画を阻害すると考えられているノイズをこの作品がどのように処理あるいは操作しているのかは、注目し、傾聴すべき点である。ブレや揺れ、揺らぎ、ズレというのは、ダブリにも関わり、つまるところ多重性や多様性という界隈に観客を乗せて、行き着くのである。
小津との異同で言えば、編集のつなぎにクロスディゾルブなどは用いない、時間軸(それは広島の公園とドームを通る軸とも重なる)に妙なフラッシュバックも差しはさまないという点では同じである。暗転(黒味)や溶暗は、いくつか用いられていたと思われる。また黒味から渡利のシルエットが浮かぶという効果が一箇所用いられていたような気もする。この物語でも、音やサチなどを家福や渡利の回想としてフラッシュバックで描いてしまうという選択はあり得ただろう。しかし、そうした回想的な編集を用いなかったのは、俳優の存在(口寄せ)や場(オカルト)への信頼があり、それは潔い選択でもありながら、魔術的な効果を含み、その撮影の現場で「起こった」ことに観客を臨場させる仕掛けでもある。
あざとい、と言えば、やはりマイカーの左ハンドルだろう。日本の庶民は圧倒的に右ハンドルに慣れているから、左ハンドルや左ハンドル車での左側車線の走行に違和感があるし、海外から観れば、もっと可笑しな風景に映っているはずである。ドライバーである観客が感じるこの違和感がこの作品にはたえず重く低く響いており、それはスクリーンを鏡像的に示す魔法あるいは邪法でもある。鏡に映った自分にふと感じる違和感には離人感とも呼べる恐ろしさがあり、この映画にはそれが仕掛けられている。あるかなきかの車の振動や騒音といったノイズと、それらのノイズの突然のキャンセル(無音状態)と組み合わされる。そしてロケーションとして、多摩、広島、北海道、半島、大陸、ロシア(チェーホフ)、ラテン(オーディション)と偏心的にに場をなぞり、螺旋的にズラされながら、積み重ねられていくという操作が感じられる。2021年の公開時には時代錯誤な小物として、紙巻タバコやカセットテープ、レコードのせいもあって、時代や時間として、観客たちが属するドンピシャなリアルタイムという芯を食わないような配慮があり、時間軸にも幻術が加えられている。
フェリーの航路は新潟-小樽であると思われ、広島から新潟への陸路はおそらく裏日本のハイウェイが使われている。そして、上越高田の前後でトンネルの抜けた後に降雨らしきものが天から地上に降り注いでいる。
村上春樹やチェーホフといった、この作品をめぐる作家や教養も、欧米の映画通や文学通には共通言語として機能すると思われる。しかし、終盤の道行ロードムービー仕立て)というのは、近世以前にも遡ることのできる日本の心中文学に通じ、おそらく川端康成の「雪国」(1937年?)が念頭にあるのだろう。「雪国」の有名な冒頭は上越線のシークエンスではあったが、こうした海外の視線を意識した絵模様は、ノスタルジーというよりも、過去の自国の文化を参照し、映像によって現代語に翻訳している感覚のようにも思える。ある程度の文学史的な、そして映画史的な教養のもとにあって、この作品は、時空を超えてドライブしていく。どこを観ているのかわからないが故に何も見えていないような男、家福は、こうした世界へのドライブとトリップに伴う変幻自在に、視聴覚をやられてしまった人として現れており、それは観客の身代わりとなってやられてしまう人とも言える。

いくつかの罪深き蛇足として

一緒にこの作品を観にいった妻とも軽い口論になったが、ラストシーンのなぜ?なに?という効果はどのように考えるべきか。
確かに意地悪なシーンであり、どうとでも考えてくださいという、投げ出されたというより「差し出」されたサービスシーンではある。マスクという表徴からは、(コロナ禍という)時制(あるいは時勢)が読み取られる。しかし、ここは雑に解釈していった方がよい思う。おそらく渡利(=サチ)という人物は、劇作家ないし演出家ないし小説家あるいは映画作家、愛犬家であって、彼女の妄想や設定や過去作が、ドライブ・イン・シアターのようにフロントガラスに映り込んだのがこの映画なのだろう、という解釈も許される冗長性がそこにはある。
また、あの雪国のシークエンスが雪国でない海外や都会の人々にどう響くかは定かでない。「ヷーニャ伯父さん」にも感じられる田舎のヒリヒリした感覚は、「田園」や「田舎」の名付け親(ゴッドファーザー)でもある都市社会にはどのように受け取られているのだろうか。都市生活の、そして同じことだが田園生活の罪業と切実は、この映画からいかほどに感じられるだろうか。
実は、ヒッチコックの関心はこのあたりの問題に収束するようも感じている。というのも、ヒッチコック を見てて、今やそう思う人は少ないのかもしれないが、「この主人公の女子や男子は、いったいなんでこんな罰ゲームを受けなければいけないのか」という問題意識である。ヒッチコックの巧みさは、その問題を映画の作劇の中に回収しないで、明に暗に、キャメラや視線を駆使して、観客に差し向けてくるところにある。日常に罪の意識を抱えてしまう人々にとって、日曜の神父の説教としての役割をヒッチコック映画はお手軽に果している(普通はそのような意識はないので、娯楽映画として楽しむことができる。そしてヒッチコック以後のハリウッドのサスペンスも同じ病と問題意識のなかにさまよっている)。映画「ドライブ・マイ・カー」を監督した濱口竜介は、このヒッチコックの巧みさを言語化できるほどに意識しており、ヒッチコックと別のやり方で、この問題を観客に差し向け、差し出してくる。そこに息を飲むようなヒリヒリした緊張が現れる。
例えば、濱口らが過去に監督した「うたうひと」(2013年)や「天国はまだ遠い」(2016年、この作品はルビッチの「天国は待ってくれる」(1943年)の喜劇性をも射程に入れている、それが小津を通しての射程なのかは分からない)にも顕著だが、降霊の儀式のようなオカルティックなやり口は、とても手の込んだ巧妙なものである。「観る」という罪を負った観客は、その瞬間に臨場させられ、罪をさらに積み増しされる。ヒッチコック映画にお戯れやキスを目撃し、罪を負いつつあるように、濱口作品の他のオカルト(見たくないような、見たいような、見えてしまうもの)と同様、あの雪国の丘の場面は、いわばサーヴィスショットなのだと解することもできる。だからこそ、観ることにおいて観客は罪や償いや悲しみを幾分か分かちつつ、罪業を積み増し、演者や役を生かすのである。やれやれ、どこまでも罪深き人間といういうやつは、ということでもある。
村上春樹の「女のいない男たち」 という短編集を一読して感じることも、相変わらず鼻持ちならない都会の臭味はあるものの、それは20世紀的な症候が放つ臭いであったかもしれないということである。その臭味はあるいはユーモアというべきなのかもしれない。村上が志向していたアメリカ的なものは、おそらく、ロシア的なもの、あるいは主義的な意味での社会的なもの、チェーホフにも浮き出る土俗的なものと対比できる。例えば、ポール・オースターの初期作を読んで感じるのは、こういう20世紀の東西世界をまたいだ水平感覚よりも、浮遊感である。幽霊のような浮遊ともいえる。村上は、東西バランスを地下に潜って探ろうとしていたようにも感じられる。井戸的な暗喩、アンダーグラウンドないしハードボイルドワンダーランドなどなど。一方で、ノモンハン北海道の荒野や大地に拓しえなかった分の浮遊がある。そうした反省が「シェエラザード」(2014年)にも漂うユーモア(幽冥)の方に流れていったのかもしれない。便所の臭いには、汚物のほかに洗剤の臭いも混じっている。田園ではまだわずかに嗅ぎうる汚物の純情な臭いには、遥か先までの罪の予感と遥か昔からの土俗的な幽冥が込められているのである。

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