あかねの(ための)一首評 14


すごい雨とすごい風だよ 魂は口にくわえてきみに追いつく

平岡直子「Happy birthday」より

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 こちら、自分語り的な文章になっています。あらためて評を書きましたので、あわせてお読みいただければさいわいです。

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 台風が来ると外に出たくなる。横殴りに窓を叩くバチバチの雨。低気圧が指揮者のように雨のうねりを作り出す。一瞬遠のいてまた耳を聾する風の音がいつまでもいつまでも鳴り止まない。

 あの感情を言葉で表せば、それは「わくわく」なんだと思う。ぼくは大人だ。もう大人になってしまった。だから台風の日にドアを開けて外に飛び出したりしない。

 あれは小学校3年生くらいのことだったか。

 台風が来た。それはもう猛烈な台風だった。その日は連絡網が回ってきて、記憶する限りでは唯一、台風で授業が休みになった。両親も仕事を休んだ。平日なのに家族が全員揃ってテレビとかラジオを聞いている。それがとても不思議だったのを覚えている。

 ぼくはとにかくワクワクしてた。当たり前過ぎて言われなかったはずだけど、外に出ちゃだめだ。いいわけがない。でもぼくは出たかった。ぼくは長靴が好きな子どもだった。長靴があればどこにでも行けるのだ。長靴とカッパでバッチリと武装して、ぼくはおろかにも家の外に出た。

「すごい雨とすごい風」だ。まともに立てなかったと思う。雨が強すぎると息が出来ない。ぼくは立っているのにおぼれるような感覚を覚えた。必死でカッパをかき寄せて呼吸のためのスペースを作る。ぼくは雨の中を進んだ。行きたい場所があるのだ。

 ぼくの家は小学校から徒歩5分で、リコーダーとかを休み時間に家に取りにいけるくらいの近所にあった。信号をひとつ越えたらすぐ。本当に近かった。だからだろうか。学校に行きたくなったのだ。普段は学校なんてぜんぜん行きたくもないくせに、行くなと言われると行きたくなるのだ。ぼくはほとんど泳ぐみたいになりながら横断歩道を渡った。校門に付いた。

 学校に誰かいたかは覚えてない。ふつうに考えれば警備員さんくらいはいただろう。でもぼくは見つからなかった。雨が守ってくれると思った。校門を抜けたらすぐに左に曲がって、ちょっと進めば下り階段に行き当たる。

 そしてぼくは海を見た。

 雨でほとんど開けてられない目に手で庇をつくって、ぼくはその海を見た。一方をカギカッコの形をした校舎が、残りを緑色のフェンスが覆っていた。四角い海。そうだ。これは校庭だ。グラウンドは完全に水没していた。水面からカラフルに突き出した遊具が沈んだ都市みたいに見えた。ぼくはとんでもなく興奮して、なにかわけのわからないことを叫んだ。こんなものが見られるとは思ってなかった一方、これが見たかったものだという確信があった。

 すぐに後から追いかけてきた父親に家に連れ返されて、ぼくはめちゃくちゃに怒られた。あとは覚えてない。風邪は引かなかったと思う。

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