あかねの(ための)一首評 10


あればあるだけありがたやありがたや前方後円墳のこうげき

谷じゃこ『ヒット・エンド・パレード』より


 前方後円墳のこうげき。とてつもないキラーフレーズだ。それだけでもうこの短歌は勝っている。ぼくはいい短歌の条件は暗唱できることだと思っているけど、こんな歌は一生忘れられない。インパクト十分だ。ただ突飛なだけじゃない。この歌にはちゃんと筋が通っている。気がする。でも、それがなんなのか現時点ではわからない。だから考える。

 まず「こうげき」がひらがなだ。これはかなり限られたシチュエーションで、レトロゲーム、なんならドラクエと限定してもいい。初代ドラゴンクエストは省容量で知られるゲームで、なんと64KBの中にすべてのゲームデータを収めている。今日のスマホの写真が1枚数MBなことを考えるとこれは驚異的な節約である。だからドラクエのテキストには漢字がでてこない。そういったわけで、ひらがなの「こうげき」にはレトロゲーム的な雰囲気を想起させる効果がある。

 そして前方後円墳だ。前方後円墳。みなさん、実物を見たことありますか? ぼくはちょうど先月、突然ハイキングがしたくなって奈良の若草山に登ってきた。奈良駅から徒歩2時間弱、日々の運動不足にはちょうどいい感じのハイキングコースだった。…そこにあったんですよ。前方後円墳。

 航空写真でみると一目瞭然だ。お手本みたいな鍵穴の形をしている。そんなものがあるなんて知らなかったから、突然現れた「鶯塚古墳」の立て看板に、ぼくはほへーとなってしまった。なんというか、こんもりとした丘だった。木は刈り込まれていて、人の手が入ってる感じはあった。でもそれだけ。ここが前方後円墳って実感はなかった。そばでは鹿の群れがもくもくと草を食べていた。

 前方後円墳を知らない日本人はいない。中学校で教わるし、なんといってもおもしろワードだから印象に残る。でもその実態はわからない。前方とか後円とかはいかにも学者がつけた名前で、ぼくたちにはその手触りはちっとも伝わってこない。前方後円墳って、つまりなんだよ?

 写真の通りここにはドライブウェイが走っている。GOTOキャンペーンの効果なのか、頂上はけっこうな人で賑わっていた。この人たちはなぜここに来るのだろう。ぼくも含めて、人間は高いところが大好きだ。

「あればあるだけありがたや」とは、日本が山丘ゆたかな土地柄であることを言っているんじゃないか。そういえばドラクエの世界にはにょきにょきと大量の山が生えている。そのすべてに登る名もない人々。そして増え続ける古墳。こんもりとした丘を見上げて、ぼくはほへーとなってしまった。

 これが前方後円墳のこうげきか。




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