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銭湯とアイスクリーム

私がまだ幼い頃、家族5人で暮らしていた古くて小さな家には、お風呂がなかった。

そこで、大工仕事が得意な父が自分で風呂場を増設した。

あれは何という名前の材料なのか、昭和の頃にはよく見かけたのだけれど、やや透き通ったうす水色の、細かく波うったプレートで囲いと屋根を張り、中に湯船を置いた。風呂釜は無く、隣接した台所の給湯器から小窓越しにホースを伸ばして湯を張っていた。

そのお手製の風呂場は、庭の土の上にスノコをじかに置き、簡単に周りを囲っただけの代物だったので、冬はとても寒くて使うことが出来ない。
なにしろ風呂釜さえもないわけなので、張った湯が冷めたら追い焚きも出来ない。

そんなわけで、夏以外の季節は近所の銭湯に行っていた。


いつも行く銭湯の隣には、「中村屋」という小さな食料品店があった。

店の前が大きな木枠のガラス引き戸になっており、その一番目立つ真ん中に「雪印アイスクリーム」と書かれたアイスクリームストッカーが置かれていた。


わが家では、父が長湯で母はカラスの行水。母と私と妹は暖簾をくぐってから30分もたたずに出てくるので、いつも中村屋の前のベンチで父と兄の男湯チームを待つことになった。


母はアイスクリームが大好物で、いつもこの待ち時間にアイスクリームを買ってくれた。

店の前の引き戸を開け、アイスクリームストッカーのガラス越しに品定めをする。どれにするか決まったら、ストッカーの扉を開けて商品を取り出す。

昔の冷凍庫は皆そうだったと記憶しているけど、ストッカーの内側にはいつも盛大に霜がついていた。アイスを取り出すとき、この霜に腕が当たって痛いような冷たさとシャリッとした感触がし、それから冷凍庫特有の匂いが盛大にしていた。

それは私にとって、ワクワクするような匂いだった。

銭湯、中村屋、アイスクリーム、と連鎖的に思い出したところで、ふいに、母が好きだった「宝石箱」という名前のアイスクリームが記憶の隙間から出てきた。

母はいつも、この「宝石箱」をチョイスしていた。アイスは50円以下で買えるものが色々あった当時にあって、「宝石箱」は100円以上する高級品だった。

アイスの海の前で真剣に悩む私の耳元で、「30円くらいのにしておきなさい。」と言いながら、自分はちゃっかり高級アイスを手に取っていたのだ。

あの頃はいつも「大人になったら自分のお金で好きなものを買おう」という夢を抱いていたけれど、ハーゲンダッツの200円以上するアイスには一向に手が出せない大人になってしまった。

幼い頃の体験というのは、ずっと残るものなのかもしれない。今でも温泉施設なんかに行くと、定番の牛乳やらコーヒー牛乳やらには興味がなく、アイスクリームコーナーへ行ってしまう。

夏は自宅の、父のお手製風呂に入ることになっていたので、風呂上がりにアイスを食べることはなかった。なので私にとってアイスは寒い季節の食べ物だ。

風呂上がり赤いベンチに座り、冬が近くなった透明な星空を見上げながら食べるアイスキャンディ。

アイスが付いてくる銭湯は、幼い私にとって楽しい場所だったような気がする。

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