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すべて、初恋のせい。

初恋が人生にあたえる影響は大きい。人はきっと知らず知らずのうちに、初恋の人の面影を追っているはず。

唐突に何の話しか、と言うと、ことの始まりはドラマなのである。

そう、また、ドラマの話をしてしまうのである。

ドラマとか映画とか本とかの話は、興味のない人には冒頭部分で離脱されるテーマだけど、深い考察とか書く気はサラサラないので、ついてきて。

以前、華流ドラマ『陳情令』を熱く語るnote(参照はこちら)を書いて、うっかり性癖を露呈してしまったのだけれども、うっかりついでに韓流ドラマのことも書きたくなった。

今年の春頃、やたらとツボにハマって見ていた韓流ドラマがあった。

韓流といっても、星から来たり不時着したりするやつではない。歴史・時代ものの方が好きで、そんな時代物韓流ドラマ『恋慕』が、初恋の記憶を鮮やかに甦らせた。

わたしの(二次元の)初恋は、テレビアニメの『ベルサイユの薔薇』の主人公オスカル。言うてもオスカルは女性じゃん、ではあるのだけれども、当時小さかったわたしにとっての性別は「男」「女」「オスカル」の3種類だった。

あまりにオスカルが好きすぎて、新聞についてくるチラシの裏という裏にオスカルの似顔絵を練習しまくり、ついには、寒い冬の石油ストーブによって結露がついた窓ガラスに、緻密なオスカルを描けるようになるまで上達した。

オスカルの似顔絵のキモは、前髪周辺の巻き髪の巻き具合とハネ具合を忠実に描くことだと、今でも鮮やかに記憶している。

そんなことはさておき、その韓流ドラマ『恋慕』の話に戻る。世の女性たちはジウンという男性の主人公にどハマりしたらしいのだけれども、わたしはジウンなどには目もくれず、女性でありながら男と偽って王様として生きることになる、もう1人の主人公に魂を吸い取られてしまった。

前回の『陳情令』の記事を書いていて気づいたのだけれども、わたしはドラマの内容を説明をするのが恐ろしくヘタクソらしい。というか、あまり説明する気がない、というのが本当のところで、「気になったら見てね」という便利な一言を使って今回も割愛することにする。

何が性癖に刺さるのかわからないけれども、ジェンダーの壁をピュンと超えてしまっている人に、わたしはめっぽう弱い。男性が女性として、または女性が男性として生きている姿にキュンとしてしまうのだ。『キンキーブーツ』のローラなど、愛しくて抱きしめたいほどだ。マッチョ過ぎて無理だけど。

『恋慕』の王様役の女優さんは、どちらかと言えば小柄な方で立ち姿も華奢だ。手のアップが印象的に使われるのだけれど、手タレ並みに美しい手をしている。どう見ても女性らしいその外見と、王様としての威厳のある態度と冷たい物言いのアンバランスさに、わたしの心のうちで鐘がリンゴーンと鳴り響き、もしチラシの裏紙がここにあったら似顔絵を描きまくりたい、いや実写は無理なので描かないけれども、と恋心が暴走したのだった。

ちなみに『恋慕』はNetflixの吹き替え版で見ていたが、王様の吹き替え担当の森ななこさんのせいで、恋心の暴走に拍車がかかってしまった。声フェチなばっかりに、二重の苦しみを味わう羽目になった。ちょっと名探偵コナンの声に似てなくもないけど、ほんのりドスの効いた、威圧する物言いをする時の声が良すぎて、耳が死んだ。


そういうわけで、すべての道はローマに通ず。ではなくて、すべての性癖は初恋に通じる。私の心の鐘を鳴らすのは、初恋の人の面影なのだ。そういうこと、ありませんか。初恋の人に似た人を見かけて、ドキッとすること。あるでしょう。ほらほら。

あれ、気がつけばドラマの話というより、私のフェチの話になってしまった気がするけれども、ただただ好きなもののことを誰かに話したかっただけなんです。最後まで聞いてくれて、ありがとうございました。

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