見出し画像

読書会用メモ:映画「TENET」・書籍「時間は存在しない」(カルロ・ロヴェッリ)

※この文章は「TENET」のネタバレ記事などを読んでから書いているので、もちろんネタバレを含みます。

去年の秋はみんなテネットテネット言ってましたよね~~・・自分は上映時間を見て劇場に行くパワーが出てこずその流れに全然乗れませんでした。

読書会の予習ということでもはや解説ページでなんでも教えて貰っちゃえるし、ムービーウォッチメンも聴けるし、pixivも盛り上がってるしさ。良いんだけど冷静になっちゃってね。映画は祭りなんですよ、ほんと。

【TENET】が沸騰したポイント

①物理学から着想を得たフレッシュな映像表現

飛行機現物「が」体当たりするシーンは白眉!逆行カーチェイスなんてもう後にも先にも出しづらいですね。後段で扱う「時間は存在しない」で描かれる、新しい時間に関する概念が、ノーラン専売特許の「映画(フィルム)」を切ったり貼ったりすることで世界は創られるという方法論を通じて映画存在への原点に一気通貫しているところは好感。

②ループものに必ずまつわるエモい関係性

何度生まれ変わっても君を愛す というやつ。みんな大好きまどほむ。「ドクター・フー」シリーズでいうところのリヴァー・ソング。ハマると爆泣ポイントではあるんだけど、ニールと主人公については関係性に余白が多過ぎて=既に二次創作が行き過ぎてて乗り切れなかったですね。。急に時間遡行軍(主人公チーム)の人員わらわら増えて暫し混乱したし。え、この覆面たち味方だったん?みたいな。
ほんとはきっと若かりしボスに会えて嬉しかったんよな!実際会ったらもちろん初対面だしなんなら仲良くなる前にお別れして切ないよな!だったらもうちょっと公式でニールとアイヴスの訓練時代エピくれよ!

③登場人物の名前、ゴヤなど要素の考察

あの回文ね。自分はNeil=Max説は嫌いではないけどマックスとっつかまえて傭兵に育て上げて死なせるってあまりに酷な気がしませんか。確かに子供存在って未知でXなんで、ラストの描写自体にはまあ納得しました。
ノーラン作品はいずれも「語らなさ」が「語り切れない」良さを生んでることは確かですよね。考察が考察を呼んで盛り上がってる空気感はもはやヒットの必要条件。いちおういくつか解説サイトも見つつ、
「主人公は誰でもなく、誰でもあり、これを見ている正に君かもね、そして未来を作るのはその君や子供たちなんだぞい」
みたいなメッセージかもとこじつけるのは余りに雑駁かしら。

自分の感想

長い!好みの問題ですが、時間が120分を超えてたらどんなに最高な作品に溢れていてももわしは苦言を呈するよ。

かのエリザベス・デビッキ様も、あんなにスペシャルな高身長美人なのに、あんなに薄幸くなくて良くないか、ともったいなく感じてます。派手な画面は映画館ならではの楽しさなので、やっぱり単純に劇場で浴びたかった一方、作品としてのまとまりから言うと100分強のMEMENTのほうが評価したいな。

あ、セイターの護衛の人(ユーリ・コロコリニコフさん)が「ハンターキラー」でもロシア大統領のSPでしたね。好きな役所。刺青で気づいてスミ最高って思ってたけどあれ本物じゃなくてお絵描きなん?

【時間は存在しない】「時間は存在しないだろうが、シワは在る」と母は言った。

ふんわりと文字を撫でるようにしか読めない箇所が大半だったんですが、非常に美しい本ですね。言葉選びがとてもジェントルで、魅力的な導入があって飛躍部分では読者への声がけがあり、そしておさらいまである丁寧なつくり。文学、物理学史、哲学史、歌、エッセイをまたにかけ、結局は人が語ることに行きつく。人にしかない知覚と表現行為が「時間」のエビデンスを成している不思議さ。物理学だと冷徹を装って切り離したとて、ごく人間らしい核心に巡り辿り着くあたりが、愛しいと思えました。

何もない空間の中に唯一無二の時間というものは存在せず、実際にあるのは熱の移動だけ、それはたまたまこの宇宙がそのような系として膨らみ続けてきたのであって、そのことを遺しているのは人間でしかない、という理解です。一方向の真正な時間が存在せず、複数の過去と未来が様々な方向に存在してるのって、雑踏っぽくてそれだけで可愛い。いちいち図のセンスがいいです。アインシュタインの手紙、ホイーラーとの思い出、四苦八苦の概念、薔薇騎士の一説のあたりが特に好きでした。

めちゃくちゃ小さくなれば時空を移動できる的なことは「アントマン2」「アヴェンジャーズ:エンドゲーム」でもやってましたね。あとタイトルからウィルバー哲学のNOWHERE=NOW+HEREの概念ぽいなあと思って読んでました。だからこういう本読んでるよと話した時に出てきた冒頭の母の発言は、中身読んでもないのに本当に的を射ててちょっとシャクw

関連項目としてマクスウェルの悪魔を指定してもらったけど、一読して「観測できるだけじゃなくてふたを開け閉めできる」って、「仕事をせずとも」のところではいダウト!と思ったけどそういう話じゃないんだよね?

ノーランの自由はいつも心の中

時間の方向、エントロピー周りのアイディアがTENETの映像表現に活かされつつも、存在に関する大事な要素はMEMENTがむしろ先行して捉えていたのかなというのが自分のまとめ。回転ドアは陰陽マークというか、強い磁石が周囲の様々な時間の方向性をSとNの2方向に整えるような機能ってイメージに落ち着いたけどどうなんかな。

物理を使って(フィルム自体の闊達な表現手法を極めつつ)、物理を超える(いわゆる現実世界・日常生活にある常識を超えた願いとか夢とか希望とかが現実に変更を加えること)を描きたいのだと解釈しています。そういうのってノーラン自身の、生命に対する愛だよね。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?