日曜日の夜、美由紀は考えた。
日曜日が終わる夜に、美由紀は夕食を食べながら考えた。
一人分の料理をするのはもったいないからと買ったスーパーのお総菜コロッケと、温めた冷凍ご飯、せめてもの健康への気遣いで並べたもずくパックと豆腐たちは、なんの味もせずに彼女の舌を滑り去っていくだけだった。そもそも、味なんてなかったかもしれない。音量を落としたテレビの音は、さっきから他人の笑い声ばかりで、なにひとつ面白くない。でも、人生って本来こんなものなのだと、美由紀は改めて思い直す。半分まで食べたところで、スマートフォンが震える。お見合いパーティーで知り合った人から何通目かのメッセージが届いていた。近々食事に行きませんか。もしよければ都合のよい平日の夜を教えてください。美由紀は既読をつけたけれど、返事はすぐに返さない。どうして土日の昼じゃなくて、わざわざ平日の夜なんだろうかと考える。しかも、食事と言っても絶対にお酒を飲まなくてはいけないし、お酒を飲むとほとんど食べられないから、私はきっとなにも食べずに終わるんだろうなと想像しながら、でも、それをしないといけないことは充分にわかっていた。スマートフォンをテーブルに置き、もう一度、正しく箸を持ち直した。
美由紀は、とことん男運がなかった。
高校生のときに初めて付き合った彼氏は、そもそも別の同級生と付き合っていて、美由紀は浮気相手だったことが交際後にわかったし、社会人になってからできた二番目の彼は思想家で、働くことが大嫌いで、美由紀ができるだけ安く自炊した料理を一銭も出さず食べつくし、ましてや外食のとき必ず伝票を押しつけてくるタイプだった。しかし、最後に付き合った彼はちゃんと働いていたし、至って誠実そうな感じだったのに、二年半付き合った後、理由もわからず音信不通になってしまった。つい二ヶ月前のことだった。一体、なにが悪かったのだろう。美由紀はいくら考えてもわからない。なぜなら、彼らは美由紀の性格のどこが嫌いだとか、どういう場面で発した台詞にうんざりしたとか言うことなく、彼女の前からあっけなく逃げ去ってしまったのだから。
美由紀には、ほんとうにわからなかった。なぜSNSで家族写真を流出させ続ける友人たちのように、自分は幸せの渦中にいないのか。過去の恋愛を初めから最後まで何度も思い出したけれど、その理由は解明できず、できれば一度も恋愛しなかった人生のほうがよかったんじゃないかと思うほどだった。もちろん、当時は一緒にいて楽しいときはあったし、幸せなこともあったけれど、それでも美由紀だけが喜んで、傷ついてばかりいるので、今結末を踏まえて思い返してみると、なにもかも一人芝居のようにも見えるのだった。最低。今度もきっと、あのパーティーで偶然マッチングした口数の少ない男の人とお酒を飲んで、また同じことを繰り返さなきゃいけない、自分自身の人生そのものに溜め息をつく。もずくは酸っぱい。納豆は甘いね。それらに全神経を集中させたいのに、自分のことばかり考えてしまうことに、美由紀は少し、悲しくなる。
はじめまして。
お仕事はなにをされているんですか。
休日はどんなことをして過ごすのが好きですか。好きな異性のタイプってありますか。ちなみに、結婚願望って強いほうですか。できれば何歳までに子供が欲しいですか。何度繰り返したかわからない一連の会話を、この後も生きている限り続けなくてはいけない。
さっきメッセージを受信した相手との食事の日程をいつにするべきか考える。仕事が終わった後に予定がある日なんて、スケジュール帳を開かずとも一日もない。けれど、返事を打つには時間的に早すぎるような気がして、食器を片付けにかかり、洗濯機を回す。それが終わると、スマートフォンを風呂場に持ちこんで、湯船に浸かりながらもう一度、メッセンジャーを立ち上げる。けれど、やっぱり返事をするには早すぎる気がするから、ゲームアプリを立ち上げる。昨日からクリアできないレベル百五十のパズルは複雑で、何度チャレンジしても終わらない。人差し指でパズルをスライドさせ、三つ重ねて消し続ける。ゲームをしている間は、いっそこのまま苦しくもなく、上手に歳をとれたらどんなに楽だろうかって考える。
水色を三つ消して、黄緑色を四つ重ねて連鎖。
橙色のパズルが弾けて、唐突にフィーバータイムが訪れる。
今度こそ、ようやく終わるの。
そう思ったけれど、それほどゲームも甘くない。
どうしてもだれかと一緒にいなきゃいけないなら、美由紀は今まで付き合った三人を並列に並べて、彼らから結婚相手を選びたかった。でも、だれを選んでも正解ではないし、それ自体できないところが人生の悪いところだと知っていた。今、あの人たちは私のことを好きじゃない。私も当然、あの人たちとセックスするわけにいかない。でも、次に選んだ人ともまた同じようにエピソードを重ねて、いつかお別れをして、最後はこうして、お湯に浸かってパズルゲームに苦戦しているのかもしれない。
湯気で曇った視界の端で、橙色の光が点滅している。電球が切れかけていた。美由紀はそれを眺めながら、少しずつ眠くなる。眠ってはいけないと思っているのに、どうしても睡魔が襲ってきてしまう。防水じゃないからスマートフォンを落としてはいけないのに、まあ、落としたら落としたで、それでいいじゃなかと考える。何度やってもクリアできないパズルゲームも、三番目の彼と別れて写真を消したらすっかり空っぽになったカメラロールも、お見合いパーティーの人と重ねたメッセージの履歴も全部、お湯の中で地獄のように煮立って、駄目になってしまえばいいのに。そんな妄想を考えている間に、日曜日の夜はあっという間に終わって、月曜日を迎えてしまう。それだけが変えられない事実なのだと、大人になった美由紀は、これもまた痛いほど理解していた。
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