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「私たちの日常は、誰かにとっての非日常。」をいっそのことこじらせる


談話室のテーブルに残る、昨夜広げたスナック菓子のかけらと、わずかな温かみを拭きされば
何事もなかったかのようにきょとんとした朝が転がっている。慌ただしくも、いたって空虚な朝。花火もプールも釣りも終わっちゃって、実家にお泊りに来た親戚も帰って、たくさんの宿題だけが残っているような、小学生の夏休みのあの感じにも似ている。
さっき旅立ったあの人はもう駅に着いただろうか。バックパッカーの大学生たちは、今どこで旅をしているかな。ずっと昔に泊まってくれたあのご夫婦は元気だろうか。あの時お腹の大きかった奥さん、きっともう赤ちゃんが生まれているはず。
テーブルを拭くたびに、この場を囲んだ日とその時に出会った人々のことを思い返す。もう一度会えるのなら会いたいけれど、どこかで元気でいてくれるならそれで良い。本来は、「行かなきゃいけない」「帰らなきゃいけない」場所なんてこの世界中どこにもない、と私は信じていて、来たい時に来ればいいし、行かなくてもなんとかなる。個人的にはそんな空間を作りたいと思い描いている。そんな私の世界の中で、実体をともなわずとも生きている人々はいつでも愛しい。だから小学生の夏休みと唯一違う点は、そこに寂しいという感情があまり見当たらないところだ。
(もちろん、ゲストさんのいない日は寂しいので、たまらず近くのお店にため息をつきにいきます)

ゲストハウスの何が良いかって、
拒まず追わない、縋られず縋らない、
互いを見つめ合うようでいて、鏡越しの自分を見ているような
冷菓のように甘くもさっぱりしたところだと、寒天ゼリーを作りながらそう思う。
日常と非日常を溶かして固めて、切り分けて食べる。
「人種の寒天ゼリー」という聞こえは美味しくなさそうだけど、サラダボウルより今の私の世界を的確に表している気がする。

「私たちの日常は、誰かの非日常」を展開すると、
「日常という私たちの環状線に、乗って降りる、たったそれだけのことが
旅人にとっては非日常になる。
非日常に対価を生み出すためには、我々の日常にもっと目をこらそう!」
といった具合だろうか。
でも、主語が入れ替わりたちかわったり、日常がいとも簡単に逆さになったりする今のこの世界の説明の仕方を私はまだ知らない。なんだか「私の日常⇄旅人の非日常」とかいうキャッチコピーよりももっと、全世界をつらぬくシンプルな言葉だか表現技法だかがある気がする。ここから、話が脱線してしまうことを恐れつつも小難しい話をしたい。

映画「Space Between Us」で
https://www.youtube.com/watch?v=kH1tLlQNDeg
私はエイサ・バターフィールド演じる主人公のこの言葉がとっても気に入っている。

「What's your favourite thing about the earth? 
(君の思う、地球の好きなところってなに?)」 



火星で生まれ育った少年の無垢な問いは、地球に足をつける私たちの存在自体を揺るがす。火星を飛び出した彼はバスの隣席のじいちゃんにも、ヒロイン役のブリットロバートソンにも、「地球の好きなところ」をたずねるのだけど、反芻されるその問いは、同じように画面越しの私たちにも訴えかける。私たちの認識の中にある「地球」が徐々にグラグラしてくるのがわかる。でもそんな私たちを乗せて回るのは紛れもない地球だ。

私が「地球の好きなところ」を聞かれたら、
「私がいなくても回るところ」
だと答えるだろう。

私がいなくても時計は回り、電車は発ち、人は運ばれ世が回る。
しかし、ちっぽけな私がいなくても成り立つ地球にはいつも、
「地球が回っていること」を認識する、巨大な私の自我が先立つ。
それと同時に、火星とも土星とも冥王星ともちがう地球の存在を、初めて私に教えてくれたのは、たえず私を包み込んで回る地球そのものだ。

私がシャッターを切るから世界は美しいのか、
美しい世界が、私にシャッターを切らせるのか。
というよくある二択にも似ているし、
教科書に載ってそうな言葉を借りるなら、
理性に先立つ感性か、感性に先立つ理性か。
と表現することもできるだろう。
これはニワトリが先かタマゴが先か、と同じくらい堂々巡りな話で、
大抵の人は「そんなことどうでもいい。お腹がすいたよ」と親子丼を作り始めるだろう。でも、私は親子丼を食べながらも考えるのをやめない。
相対的な「あなた」よりも、絶対的な「私」を形容する、その精度を高める為に、美しいものだけを抱きしめていたい。
そんなわがままを片手に、私は今日も非日常と日常の間に溶けていく。

あなたがいてもいなくても、このまちは回る。
でも、あなたがいることで、他のどこにもない、
このまちの輪郭がくっきりと浮かび上がる。
門司港は、ポルトは、そんな感覚で今日もあなたをお待ちしています。

私が去年の冬に門司港からみた宇宙への見解はこちらから。
https://note.com/skpskpskp/n/n9058c5e1e187

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