生成AIがあれば専門家はいらなくなるのか?ロジックツリー生成に使ってみると...
マーケティングの勉強をするときに基礎として習うのが「ロジカル・シンキング」の手法です。ロジカル・シンキングは言うまでもなく、事象を論理的に捉え、問題解決能力の向上、意思決定の質の向上、議論の質を高めて説得力を向上させることなどに役立ちます。そして生活に浸透しつつある生成AIもロジカル・シンキングを行う際のツールとして活用することができます。この記事では、ロジカル・シンキングを使ったプロセスに生成AIがどの程度使えるのかを実際の例を見ながら見てみたいと思います。
事業計画の作成時に役立つロジカル・シンキング
4月から新しい会計年度が始まる企業・団体では、今はちょうど新しい会計年度の事業計画、セールスプラン、マーケティングプラン等を作成・最終化しているタイミングでしょう。
これらの計画を作成する際は、前年度の活動の振り返りや各種データ等を元に「たたき台」を作ったうえで、社内外の様々な利害関係者と議論を重ねながら意見調整を行って仕上げていく必要があります。計画の作成者が計画を無事完成させてレビューを通過し実行に移すには、事象を論理的に観察し、可能性を検討したうえで、論理的に利害関係者を説得していく必要があります。
そのため、最初の出発点となる「たたき台」の作成は重要です。新たなアイディアを求められたり、あらゆる可能性を考慮するといったところで思い悩む担当者も多いことでしょう。典型的な手法としては、ロジカル・シンキングの手法を用いて、事象をロジックツリー (Whyツリー、Whatツリー、Howツリー)で整理し、計画の目的、対象、手法についていくつかの典型的な可能性を探ります。
ロジックツリーの生成に使える対話型生成AI
この2年の間、ChatGPTをはじめとする対話型生成AIが登場してから、たたき台の作成プロセスが大きく変わりました。対話型生成AIはそのままの状態でインターネット上をはじめとして世の中で広く出回っている情報をベースに壁打ち・ブレストを行ってくれます。自分の企業・団体以外のいろいろな情報をもとにアイディアを出してくれるので、視野が狭くなりがちになるアイディア出しの視点を広げるのにも役立つでしょう。
実際に以下の課題で試してみましょう。
ひとまず対話してみる
まずは対話型生成AIに質問を投げてみましょう。ここではChatGPT-3.5-turboを使うことにします。
文章として回答が返ってきました。これを「ロジックツリー」を使って整理してもらいます。
回答内容はなんとなくそれっぽい内容ですが、階層が浅く、かつトラック運輸業界に限らない一般的な内容も含まれています。
プロンプトを工夫する
生成AIはプロンプト (AIに命令する内容)で出力が大きく異なってくることが知られているので、良いプロンプトを試行錯誤をして入力します。
「ステップバイステップで考える」「MECE」という単語や、最初の階層、次の階層で幾つに分けるか、といったあたりが重要な要素です。このプロンプトにより次のような結果が得られます。
よりそれっぽくなってきましたね。
回答内容を検証してみると…
それでは、回答内容を細かく見て評価していきましょう。
トップの階層の要素「労働条件の問題」「就業環境の問題」「キャリアの見通しの問題」について見てみます。AIは「まずは課題を明確化し、MECEになるように3つの具体的な内容に分けましょう。」と言っていますが、この3つは本当に果たしてMECEでしょうか?同じプロンプトでChatGPT-4に聞くと「労働環境」「報酬」「キャリアパス」の3つが、PaLM2に聞くと「労働環境が悪い」「賃金が低い」「キャリアパスが不明確」が返ってきます。
ChatGPT-4とPaLM2はほぼ同じ回答で、ChatGPT-3.5-turboとも、最初の2つの項目の切り方を多少変えれば同じになるかな?とも思うのですが、厳密に考えると「労働条件」「報酬」「賃金」はどれも言葉がカバーする範囲は異なっているため、主な課題の大部分はカバーする可能性があるものの、3つの言葉でカバーする領域も違えば、当然MECEにもなりません。
厳密にMECEであるものに分解する場合、「(プラスとマイナス、質と量、内と外のような)対概念」「(足し算、掛け算、引き算のような)因数分解」「(短中長期、年齢・年次、PDCA、フェーズのような)時系列」「(3C・4P・PESTのような)既存フレームワーク」のような決まった手法に従う必要があります。対話型生成AIは、単語間の統計的なつながり情報を元に項目を挙げるため、決まった手法に従ったMECEな要素への分解は厳しそうです。
また、トラック運輸業界の一般的な離職率でなく「若手」に絞っているため、分解手法として「就職前」「就職1年目」「就職2年目以降」のような時系列でまず分解するような "センス" も求められるのですが、この辺も難しそうです。
また、同じ階層で出て来る項目の優先度が、実際のケースと比べて洗練されていないものが多い印象です。特に、若手だからこそ当てはまるものが優先されていません。
結論: 網羅性について確認する手段として有効だが専門性はまだ低い
このように、出力された回答を見ると、プロのコンサルタントが作成するロジックツリーと比べると、品質にいくつかの観点でまだ大きな欠陥があるように思います。プロンプトを工夫することで改善されるところがあるかもしれませんが、より洗練された回答をだし、かつ汎用性を持たせるプロンプトを開発するのもなかなか骨が折れそうです。
いまのところは、専門性を持った人間が壁打ちツールとして活用し、自分の思考が狭まっていないかを確認する為に使うのに有効ですが、得られた回答をそのままクライアントに提出できるほどの品質にはまだ遠いようです。
LLMの世代が上がることで、そのうち何らかのブレークスルーがあることに期待したいところです。いまのところは期待しながら、専門家の補助ツールとして活用する方針を取るのが妥当そうですね。
最後までお読みいただきありがとうございました。では、また!
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