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ハンセン病療養者の短詩を読む ④ハンセン病という背景を感じさせない種類の作品 ―どこまでも信濃は青し―

ハンセン病の患者が作った作品には、病気が反映されている。読む側も、連続してそれらを読むときは常にハンセン病のことが頭にある。

しかし、必ずしもそうではない作品、ハンセン病のことを一度忘れたほうが読みが広がるような作品もある。今回はそのような作品を紹介したい。

枇杷の実は熟れるはしからもぎ去られ雨にずぶ濡れの樹よ無一物 朝滋夫
枇杷の実が、熟したものからどんどん取られてしまい、雨にずぶ濡れの木が、無一物、所有物のない状態だという。
どこか明るい歌だ。
ここには実が奪われた結果所有物がないという負の要素がある。
一方で、実はいわば食べられるためにこそ熟すのであり、ずぶ濡れで無一物の樹は本当に生きている存在と思えるのだ。

幸福とは何焼芋の匂ひして 桂自然坊
幸福とは何か。難しい。
たとえば焼芋の匂いと答えたところで、どこかごまかしに思える。幸福そうな匂いだが、幸福そのものかどうかはわからないのだ。だから、匂いを感じて、なお問い続ける。
「焼芋の匂ひして」は、幸福のことを考えていたら焼芋の匂いがしたのか、焼芋の匂いがして幸福について考えたのか。
幸福とは何。
問いは焼芋以前からあり、焼芋以後にも問いとして残り続ける。

畑隈はたくまに抜き捨てられし大根は雨に濡れつつ花ひらきたり 石川孝
畑隈は聞き慣れない言葉だが、畑のすみということだろう。抜いたままほうってある大根が雨に濡れながら花をつけていた。私は農業に詳しくないが、花に栄養が行ってしまえば大根の根菜としての力は失われるだろう。
大根という作物として働かなかったが、花を咲かせた。収穫時期から花ひらく時期までの、月単位の経過を伝える。

どこよりも信濃は青しつばくらめ 後藤一朗
モノトーンの描写だ。信濃は長野県あたりを指すが、標高の高い土地を感じさせる。山々がつらなる青い信濃に、燕が飛んでいる。燕もまた、青さと清潔さを感じさせる鳥だ。青一色の濃淡で描く絵画のように、山々と燕以外を大胆に省略する。

次回からはまた、ハンセン病にかかわる作品を紹介する。

作品はすべて、『訴歌 あなたはきっと橋を渡って来てくれる』阿部正子・編、皓星社より引用した。


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