小説「夢のゴーグル」

ヴァーチャルリアリティ技術を使ったゴーグル(VRゴーグル)の新製品「ドリミアン」が発売された。昨今では珍しくもないジャンルの製品だが、法人が従業員に使用させるために一括購入するケースが多く、隠れたヒットとなっている。

ドリミアンを製作した会社の社長で開発主任でもある男が、ヒットの秘密をテーマとした取材を受けることになった。

インタビューを受ける社長室に、経済誌系メディアから来た取材担当の女記者が入ってくる。二人の間にある机の上には、実物のドリミアンが置いてある。

ドリミアンは一見スポーツ用ゴーグルのような軽量感を思わせ、VR機器には見えない。目を覆う部分は透明になっておりフレーム部にセンサー類が付いている様子。ゴーグルを支える後頭部部分はラグビーのヘッドギアのような形になっている。充電端子なども見え、ここが本体なのだなと思わせた。

「では、よろしくお願いします。このドリミアン、一般にはあまり知られてませんが、法人向けとして大ヒットしています。ズバリ、ヒットの秘密は何でしょうか」

「ドリミアンの実現する圧倒的なVR効果につきるでしょう。通常VR機器では、音と映像でVR体験を実現しています。ドリミアンではこの没入感のレベルが違います。お昼休みにドリミアンを使って海や山といった自然に囲まれて食事をするユーザーがいます。それができるのは、常時は透明で必要な部分に必要な映像を流すことができるこのゴーグルと、外部の音を遮断しつつ自然な音を流すノイズキャンセリングイヤホンの強力さ。まるで絶景の中にいる感覚を得られます。今のVR機器で、富士山の上でおにぎりを食べることができますか?ははは。ちゃんと手元が見えるんですよ。これだけの性能だからこそ、ドリミアンは従業員の方々のストレスを和らげ、気持ちをリフレッシュさせ、生産性の向上に役立つのです」

「なるほど。今までのVR機器とは段違いなんですね。ドリミアンは法人によって一括購入され、従業員の方々に支給され使われているケースがほとんどです。法人はどのような狙いで従業員にドリミアンを支給し、またどのように従業員に使用されているのでしょうか」

「まずは、終業後に装着するケースです。ドリミアンがユーザーの脳波を読みとり、そのユーザーが最も求めているであろう映像や音を再生したり、あるいは後頭部部分から電気で脳に直接刺激を与えることで、ユーザーを疲れから開放するのです」

「電気で脳に直接刺激を与え・・・」

「他社には真似できない、ドリミアンの機能です」

「すると、VR機器で疲れがとれるのですか」

「疲れを感じるのは脳ですからね。脳をリフレッシュさせれば自分が疲れているという自覚はなくなります。さらに仕事にうちこむことができるのです。だから業務中ずっと装着してる会社も多いです」

「さらに仕事に・・・ユーザーが使うのは終業後とお話がありましたが、残業ということでしょうか」

「ドリミアンで活力を得た社員は自発的に仕事に取り組みますから残業にはあたりません。企業側は余計な残業代を負担せず社員のパフォーマンスを向上できます」

「働き方改革が叫ばれる中、それは残業代不払いのリスクとはなりませんか」

「あくまで自発的に働いているのですからそれはないです」

「ないですか」

「ないですね」

「残業にはあたらないと」

「あんたもしつこいな。リフレッシュできていますから、当の本人にだって残業させられているというストレスもありません。それに、ドリミアンを使えば会社にいながらにして自宅に帰ったり、遊びに行ったりできるのですから」

「・・・」

「お昼休みに絶景の中で食事ができるくらいなんです。ドリミアンが自宅の光景に没入させたり、睡眠と同じ状態を脳に与えることで、会社で徹夜したにも関わらず、まるで家に帰って寝て疲れをとったような効果をユーザーに与えます。実際、通勤電車に乗って消耗したりすることもないわけですから、実際に帰宅してまた出社するより元気でも、不思議はないわけです」

「しかし、それはあくまでユーザーがそう自覚しているだけで、実際には心身ともに疲れているのではないでしょうか。それで業務のパフォーマンスが落ちたりはしないのでしょうか」

「今のところそういう報告は無いですね。朝、自覚のないまま目覚まし時計を止めたり、酔っ払って意識がないのにちゃんと自宅に帰ったりするでしょう。人間の意識とパフォーマンスは必ずしもリンクしてないのです。たとえ脳が強制的に睡眠と同じ状態になったとしても、パフォーマンスを落とさない。そのためのドリミアンです」

「ええと・・・人間のパフォーマンスを外部の機械によって維持する、と・・・」

「人間、疲れたと思うから疲れるんです。だってそうでしょ。楽しいことをしているときは三日三晩でも元気でいられる。その状態を脳に再現するのがドリミアンなんです。仕事のパフォーマンスは上がり、通勤地獄から開放され、その上会社へいながらどこへでもリフレッシュへ行ける。従業員を自宅へ帰すこと無く24時間管理し労働させることが可能なのです。だから法人向けにヒットしたのです」

「そうですか・・・しかしその結果、体が耐えられなくて過労死した場合は」

「その場合も想定してあります。仮に過労死で亡くなった場合、家族にもドリミアンを使ってもらうのです。家に帰ってこないだけで、息子はずっと会社で仕事をしている、家族にそう脳に認識させることで、労災裁判などのリスクも回避できます。会社も、本人も、家族も幸せにするのが、ドリミアンです」

「・・・社長ご自身は、ドリミアンをお使いになりますか?」

「私には不要です。だって常に元気で幸せなんですから。心身ともに健康で、友人らに囲まれ、毎日おいしいものを食べ、美しい妻の待つ家に帰り、やわらかい布団でゆっくり寝る。こんな私にドリミアンを使う理由がありません」

「では、従業員たちは元気でも幸せでもないから、ドリミアンで強制的に・・・」

「なんなんだてめえは。さっきっからいちいち噛みつきやがって。ごちゃごちゃ言うとお前のところから広告引き上げるぞ」

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