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朝の雑記:続くものがなくても、それでも素晴らしいものだから

2023/11/16

今私はこの雑記を朝の病院ホテルで朝食を摂りながら書いている。ドトールのデリバリーサービス。

天気は朝から素晴らしく晴れていて、11月らしいまごうこと無き秋の涼しさ。今私は結構透明で爽やかな気持ちでいる。それは今年1月から2月にかけての入院の時の気持ちを思い出させる。

二度ともう、そんな心持ちになどなれないと思っていたこともあった。治療が続く中で体も心も辛い時はいくらもあったけれど、それ以上に私がこれまでおかれてきた環境に起因する問題、つまり、家族。親や妹のこと、そして自分の引きこもりのことが心を塞がせてきた。

今流している音楽は、これまで観た映画の中で特に印象的だった音楽を保存したYoutube musicのプレイリスト。映画音楽は聞くとその映画の場面が蘇るところが良い。音楽を頻繁に聞くようになったのも、がんの治療が、というか手術が行われてからだ。あの一連の体験は本当に私のあらゆる点を変えた。

昨日の日記で主治医キリスト先生から提示されたふたつの選択肢のことを書いた。それらで悩んでいるとも。

私の今後の抗がん剤治療を受ける場所の選択肢。


第一の選択肢は、これまで診てもらってきた大学病院で行う道。

ここには心から信頼するキリスト先生を始め、婦人科の看護師さんたち、心理士Gさんなどの緩和ケアの皆さん、消化管外科のユニーク先生やストーマ専門看護師のSさん、内分泌科のM先生、今はもうめっきり会わないけれどメガネ先生、そしてこれまで治療でお世話になったありとあらゆる関係者の皆さんがいらっしゃる。そして、忘れもしないハセガワさんと出会った場所だ。私はずっと、願わくはこの病院でキリスト先生を主治医とした治療体制で加療を受け続けたいと思ってきた。実際の治療においても不満に思う点はないし、何より気持ち的な面で私はそれを望ましく思う。


第二の選択肢は、セカンドオピニオンを受けた病院で行う道。

セカンドオピニオン先の病院はがん治療に特化した専門病院であり、そもそもこの病院をセカンドオピニオン先に選んだのはキリスト先生からの紹介があったからだが、この病院について先生は特にその精神的な面におけるケア体制を高く評価しておられ、今後の抗がん剤治療において私が被る事が予想される精神的ダメージのケアには先生がおられる病院では不十分な可能性があり、でもこの病院ならそれに対しても十分なケアが受けられるであろうということが主だった推薦理由のようだ。

いずれの選択肢も甲乙つけがたいものだと、現時点で私は考えている。だからこそ悩ましい。

第一の選択肢は特に心情的な面での評価が高い。先生はじめ見知った信頼できる方々がいる。もちろん専門性、技術的な面での評価だって一切低いものではない。ただ、メンタルケアの面において先生の仰った懸念事項がある。

第二の選択肢はあくまで先生の談および私が二度赴いた際の印象に依るものだが、その専門性、技術的な部分における評価が高い。具体的に誰が、どのような人が、どのような医療を行うのかについて知識が無いところが選択の上でネック。

そのいずれを選ぶかで、セカンドオピニオンの時同様私はギリギリまで悩む事になるだろう。いっそサイコロを振って決めたいところだと、昨日の緩和ケアの面談でも申し上げたが、その時にもサイコロを振ってもまた何度も振り直してしまうだろうと言っていた。


この世界にはあらゆる残酷があり、酷薄がある。

横死があり、変死があり、
戦死があり、無駄死にがある。

それでなくても悲しいことや辛いこと、酷いことは日常の中に無数にある。

このがんという病がそうであるように。

そうした悲惨が耐えない世界で、価値あるものを少しでも見つけようと息をしてきた。それが基本的な存在理由だった。そして私はそれを見つけた。

それが私が先生を、がんとなってからのこれまででお会いした素敵な方たちを信頼し、敬愛する理由だ。

いずれにせよそれが今の私の世界だから、それが本当に素晴らしいものだから、それに恥じることのない選択をし、恥じることのない生を続けそして時が来たら死ぬ。

それが私の希望だ。




さてと、今日も受診日。キリスト先生の診察ではない。ストーマ専門看護師のSさん、そして内分泌科のM先生の診察がある。試しにこのお二人のどちらか、または両方に今回の選択肢について話してみようかな。借りられる手はとにかく借りるって決めたからね。私はやるってなったらやる乙女だよ。

ま、本日もいっちょかましますか。

それではこの雑記もここで終了。読んでくれたあなた、ありがとう。いつでもまたいらして下さいね。

それではまたべつの日記で。

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