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「浄土」について②

「浄土」の場所


 そもそも浄土は"どこ"にあるのでしょうか。
 「浄土三部経」の一つである『阿弥陀経』にこう書かれています。

「これより西方の十万億の仏国土を過ぎて、ひとつの世界があります。その名を極楽といいます。その国に阿弥陀という名の仏があり、今も法を説いています」(『全文現代語訳 浄土三部経』大角修訳・解説)

反物質世界

 ①の記事で書いたように、「西方」は「東方」の逆対応的な場所のことですから、浄土とは物質世界に対する反物質世界といえます。それは「十万億の仏国土を過ぎて」とあります。それを聞くと、想像もできないくらい果てしなく遠い世界のようで、なんだか途方に暮れてしまいます。
 ですが、これは単純に距離のことを言っているのではありません。

成就された過去

 物理的に光の速さは一定であるとされています。したがって宇宙では距離が遠ければ遠いほど過去を表します。地球上での日常レベルでは遠いところへ行くことは未来へ向かうことのように思われますが、宇宙レベルでは逆になります。果てしなく遠い世界とは、すでに成就された過去のことです。
阿弥陀仏の浄土は、法蔵菩薩の誓願によって成就された世界です。法蔵菩薩の誓願とは、ざっくり言うならば、すべての衆生を救おうという誓いです。その誓いが成就し出来たのが阿弥陀仏(法蔵菩薩が仏になった姿)の浄土なので、すべての衆生は本来すでに救われている(救いの働きが与えられている)わけです。

〈今、ここ〉に浄土はある

 日本では法然上人が、法蔵菩薩の四十八ある誓願の中でとりわけ第十八願(念仏往生願・至心信楽の願)を重要視したことは有名です(いわゆる称名念仏の原型です)。この中に「十方の衆生が至心信楽、すなわち、心から我が本願を信じ……」とあります。したがって、すでに救われているといっても、自分の中に「至心信楽」というものが生まれなければその救いも現れません。
 逆対応の論理でいうならば、全身心をもって自己否定(自我の放棄)をするところに念仏という行があり、救いもあります。「行」と「救い」はまさに逆対応の関係にありますが、その「行」と「救い」が自己否定的に交わる、その逆接的なポイントが〈今、ここ〉です(それは坐禅や題目など他の行でも同じです)。したがって、浄土というのは、どこか遠い場所の話でも、死んだあと(未来)の話でもありません。〈今、ここ〉の話です。それが「阿弥陀仏は今も法を説いている」という意味です。すでに成就された過去といっても、それは今の「行」を通じてしか感得されることはありません。それを「感応道交」、もしくは「自受用三昧」ともいいます。

表裏一体の関係

 ちなみに、阿弥陀仏の「阿弥陀」はサンスクリット語におけるアミターバ(限りない光)、またはアミターユス(限りない命)からとった漢語です。その仏の世界が西方浄土です。無量なる光であり無量なる命である仏の世界は、すべての物質(衆生)を照らしています。したがって、すべての衆生はその世界に支えられて存在していると言えます。しかし逆に言うと、光の世界も衆生の生きる具体的な姿なしには存在しないとも言えます。穢土と浄土は表裏一体なのです。鈴木大拙はそれを「相互に映発する関係」と言っています。

「この相互映発の論理が否定即肯定・肯定即否定である。浄土は時間的に死後に往くべきでなく、また空間的に西方に遠くを隔てて旅すべきでないのである。自分がこの筆を動かし、この文を草する、この時ここで、浄土に往還しているのである。この筆はこの薄暗き手中に握られているのではなく、浄土から直接の光明に照らし出されて、その光の跡をつけているのである。これは娑婆即寂光土ではない。」(鈴木大拙『浄土系思想論』)

 最後の「娑婆即寂光土ではない」というのは、娑婆(穢土)と寂光土(浄土)がそのままイコールなのではなく、あくまで相互否定的な自己同一の関係にあるという意味です。したがって「このまま」「ありのまま」でこの世が浄土のような悟りの世界になるわけではありません。何もしなければ、依然、この世は苦しみばかりです。
 また、日常の何でもないしぐさに浄土の光明を見ている点などは禅者である大拙特有の描写として面白いのですが、いくら頭だけでそう思おうとしても実感が伴わなければ意味がありません。なので、どうしても坐禅や念仏など具体的な行が必要になります。

影と光

 物質(衆生)とは光(仏)の影です。ですが、影がなければ光もありません。影(苦しみ)が濃ければ光(救い)も強くなります。逆に光が弱ければ影も薄くなります(影が薄いということは苦しみも少ないですが、生きる喜びも少ないと言えます)。そして光も影もないところは純粋な〈無〉です。そこはすべての存在の故郷、つまり衆生と仏、物質と反物質が生まれ、また帰る場所です。

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