見出し画像

核融合の挑戦的な研究の支援の在り方に関する検討会中間とりまとめへの意見

はじめに

現在文科省が進めている「核融合の挑戦的な研究の支援の在り方に関する検討会」に関して、2023年8月25日から9月23日の間に「ムーンショット型研究開発制度におけるフュージョンエネルギーに関する新目標案についての意見募集」という形で意見の募集が行われている。

この話は昨年秋から春にかけて進められてきた内閣府の核融合戦略の議論から派生していて、検討会の資料は毎回アップロードされている。私は毎回読んではいたが、この意見募集は唐突(私はそう感じた)すぎて正直すぐには理解できなかった。

私なりにこれまでの経緯と現状がどうなっているのかを整理してみたいと思うので、意見募集に意見を書いてみようかと思ってた人は参考にしてほしいし、何か間違いとかがあれば指摘してほしい。個人的な意見をだいぶ書いてしまう予定ではあるが、賛同してほしいみたいな意図ではないので、読む人は話半分に読んでほしい。ここに書く意見は個人の意見で、なんら忖度は無いが、しいて言えば、怒られたくないから多少マイルドに書く、かも。

背景:核融合研究の現状について

これは前に頑張って書いたことがある(核融合ベンチャーの“リスク”)ので、気になる人はぜひそちらも読んでほしい。短く言うと、

  • この30-40年、核融合は国際協力で研究を進め、ついに実証の段階に移りつつある

  • ところが巨大な実証炉は現在計画に10年単位の遅れが出ており、一方、複数の核融合ベンチャーが早期実現に名乗りを上げ、競争の様相を呈してきた

  • 成果を参加国で共有する国際共同プロジェクトと違い、もしも1つの核融合ベンチャーが大成功してしまったらエネルギー市場を独占されてしまうのでは?

  • 日本の核融合戦略は基本的に国際協力路線で、欧米ほど新興企業の動きが活発ではなく(文化の違いでもある)、欧米と比べるとあまり新しい挑戦をしていない

  • 国際共同研究の巨大プロジェクトの路線は必ずしも安泰というわけではなく、このままお行儀よく国際協力してるうちに競争に大負けするようなことになったら嫌だなぁ、などと個人的には考えている

核融合の挑戦的な研究の支援の在り方に関する検討会について

もともとこの話の起こりとして、内閣府の核融合戦略の議論があった。この内閣府の核融合戦略は最終的に「フュージョンエネルギー・イノベーション戦略」という形でまとめられ、この中の「フュージョンテクノロジーの開発戦略」の1つめに「ゲームチェンジャーとなりうる小型化・高度化等をはじめとする独創的 な新興技術の支援策を強化すること」という項目がある。この中で、「未来の可能性を拓くイノベーションへの挑戦的な研究の支援の在り方に関する検討を令和5年度から開始する」と言っていて、この検討が現在中間報告まで進み、今回の「ムーンショット型研究開発制度におけるフュージョンエネルギーに関する新目標案についての意見募集」につながっている。

冒頭にもリンクを付けたが、この意見募集の前提となる情報として、この検討会は核融合の挑戦的な研究の支援の在り方に関する検討会中間とりまとめという形で中間まとめが作成されている。

これを読んだ時、「2.フュージョンエネルギーに関する新しい目標案」以降に非常に違和感があった(詳細は後ほど)のだが、実はちょっと私の勘違いもあって、ちゃんと読むと1.の最後に「以下は、ムーンショット型研究開発制度において、フュージョンエネルギーに関する新 目標案を設定することを前提に、」とあり、ムーンショット 型研究開発制度を知らないとどうしてこういう話の流れになっていくのかがちゃんと理解できない。というわけで、先にムーンショット型研究開発制度について解説する。

ムーンショット型研究開発制度

ムーンショット型研究開発制度は、日本発の破壊的イノベーションの創出を目指し、従来技術の延長にない、より大胆な発想に基づく挑戦的な研究開発(ムーンショット)を推進する新たな制度のこと。「Human Well-being」(人々の幸福)を目指し、その基盤となる社会・環境・経済の諸課題を解決すべく、9つのムーンショット目標を決定している。2020年に7つ、21年に2つの目標を設定し、現在掲げられている9つの目標は以下の通り。

図1:ムーンショット型研究開発制度9つの目標。核融合の挑戦的な研究の支援の 在り方に関する検討会第1回資料より

うーん、意識して見ようとして見てなかったので、個人的には初めて見るものばかり。目標1の「人が身体、脳、空間、時間の制約から解放された社会を実現」ってのは見覚えがある気がする。何を言ってるんだ?って感じで。それから目標5は「政府によるコオロギ食の謎のごり押しだ」って炎上してたからそれに関しての批判はよく見かけた(騒ぎになってるのをよく見かけたというだけで、実際どういう話なのかは知らない)。
ほとんどが2050年までにって期限が決められてるけど、達成したのかしてないのかはっきりしそうなやつと曖昧なやつがある気がする。もちろんこの短い文章だけじゃ判断できないけど、例えば目標2のAIとロボットに関してはまぁ完成してると強弁すれば今でも完成してるけど、目標6の量子コンピュータは2050年までに形になるのかな?この点、もし核融合がこのリストに載るならば、少なくともエネルギー収支黒字の発電は求められそうで、達成の可否はかなり明らかな方の部類だろう。

今回、この意見募集の段階でムーンショット型研究開発制度の枠組みでやることが前提みたいな感じになってるけど、個人的にはこれには反対したい。理由を書く。

目標が高すぎる

ムーンショット型のこれまでの目標を見てみればわかるが、〇〇年までに、という目標年次が必ずついている。国の予算をつける都合上、期限を決めずに成果の出ない研究にだらだらと予算をつけるわけにはいかないのは理解できる。他がどうかはわからないが(なんか相当難しそうに見える目標もあるが)、核融合の場合成功の可否がシンプルでかつ非常に困難である。また、基本的にゴールは発電所であり、挑戦するだけでも大きな予算が必要になる。他の課題の詳細をすべて知っているわけではないが、予算および時間のスケールが全然違うため、枠組みに入らないのではないかと思う。

まず、今のプランで目標をどうしようとしているか、一部抜粋する。

----------------------------------以下抜粋----------------------------------
目標案の名称

2060年までに、豊かで安定的なフュージョンエネルギーを生み出す地上の太陽を作り出し、エネルギー資源の制約と温室効果ガスから解き放たれたダイナミックな社会を実現
実現したい 2060 年の社会像
人類の挑戦に必要となるエネルギーを十分に供給できる安全安心なエネルギ ーシステムを実現し、発展し続ける社会
ターゲット
①2060 年の達成シーン
・ (エネルギー問題の解決への貢献)ネットゼロ社会を実現する切り札として安定的で豊富なフュージョンエネルギーによる、我が国のエネルギーの自給自足を実現(例えば、核融合熱により水素や合成燃料の製造を可能にする。)
・(環境問題の解決への貢献)フュージョンエネルギーによる、幅広い産業や、都市部や遠く離れた村落部も含めた一般家庭の炭素排出量の抜本的改善を達成
・(人類の挑戦への貢献)フュージョンエネルギーにより、宇宙探査・海洋探査等の未知な領域への挑戦を実現
②2035 年に実現すること
・フュージョンエネルギーとして、電気エネルギーに限らない、多様なエネルギー源としての活用を実現
----------------------------------------------------------------------------

可能性は0じゃないしネガティブなこと書きたくないけれど、さすがに飛躍が過ぎると思う。目標案を見ると、あたかも2060年に、現在だいたい全体の3/4を占める火力・原子力に置き換わって多数の核融合商業炉が安定稼働していて、総発電量の30%なり50%なりを担っているというのがゴールのように読める。それはいくら何でも無理。それとも前半(豊かで安定的なフュージョンエネルギーを生み出す地上の太陽を作り出し、)と後半(エネルギー資源の制約と温室効果ガスから解き放たれたダイナミックな社会を実現)はつながってなくて、「核融合発電の実証をします(前半)、電力は太陽光発電を大量導入して火力・原子力を0にします(後半)」って意味なら関係ない後半はただのミスリード。さすがに核融合過激派でも2060年までに商業核融合炉の普及によって火力原子力0を目指してる人はいないと思う。2050年カーボンニュートラルの目標はあるので、2050年までに100%自然エネルギーを目指してる動き自体は多々あるらしい。2060年時点での貢献という意味ではエネルギー資源だとか温室効果ガスだとかは残念ながら関係ない。

核融合の今ってようやくエネルギー収支をプラスにできた段階で、次は安定した稼働と電源からの電気収支をプラスにして、発電単価を下げていって、発電所を建設して、普及させていって、っていうかなり重いステップがあるので、2060年までにエネルギー資源の制約と温室効果ガスから解き放たれた社会を実現するというのに貢献するのは無茶。もし目標案の前半と後半は関係ないなら、ただ紛らわしいだけの後半は削除するべき。ムーンショット型の他の目標と違って核融合は建設のための期間(規模にもよるけど10年単位)が必要なので、無理なものは無理。さっきも言った通り可能性は0ではないけど、仮に魔法のような方式を発見して現存の火力より単価が下がったとしても、既存の発電方式とバランスを取りながら徐々に増やしていく形になるわけで、2060年時点で発電の数十%を占めるような存在にはなり得ない。

ターゲットもそう。2060年に我が国のエネルギーの自給自足を実現、一般家庭の炭素排出量の抜本的改善を達成、フュージョンエネルギーにより宇宙探査・海洋探査等の未知な領域への挑戦を実現。とあるけど、やっぱり火力・原子力を核融合に置き換えるみたいな風に読める。さらには核融合で宇宙へも行くらしいけど、もしかして2060年じゃなくて2600年の間違いかな

なんでこんな目標が掲げられてるんだろう?有識者の方が提案したんだろうか?あぁ、これか・・・。「もしかして他のムーンショット型の9つもめちゃくちゃなんじゃないか?」ってちょっと思ったけど、まだ中間まとめだし、よその話をするのはよそう。

2035年にフュージョンエネルギーとして、電気エネルギーに限らない、多様なエネルギー源としての活用を実現。これはあまり意味が分からなかったけど、たぶん熱利用として発電だけじゃなくて水素製造とかそういうこともできるようになるってことなのかな。ちょっとわからない。

ITERプロジェクトとの対比

無理無理言ってるのはもう1つ理由があって、ITERプロジェクトと比べて非常に規模が小さいのに、あまりにも要求が高すぎることが不自然だからだ。国際熱核融合炉ITERプロジェクトは多くの国と地域が協力して予算は数兆円の規模で、携わる人数もけた違いに多い。運転開始は未定だが2030年ごろ、本格稼働は2035年以降になりそう。その後、というか並行して、DEMO炉を建設し、2050年頃に発電を実証しようと計画している。この流れだと、国内初の核融合商業炉はかなり順調にいって2060年代だろうか。こんな風に1つのマシンに数兆円かけるような進め方でも、2060年に普及どころか、1つ目の商業炉も多分できてない、ぐらいのペースである(しかもそれはうまくいった場合)。一方で、ムーンショット型の9つの目標に対する予算は2018年度補正予算で1000億円、2019年度補正予算で150億円を計上して 基金化。 2021年度補正予算で800億円追加。仮に核融合が加わって目標が10個になると、予算はおよそこの1/10の規模だろうか。それで、目標は2060年には国内に30基とか50基とか安定して稼働してるイメージなんだろうか。

整理すればするほど、目標が無理としか思えない。

ただ、私は立場上というか、私の立ち位置的に、本当は無理無理言いたくはない。小型・高効率の新しい核融合炉が成功するんじゃないかと思ってるし、そうなるように頑張ってるところだ。日本発の新しい挑戦に期待している分、挑戦者に無茶苦茶な目標を押し付けるのはやめてほしいな、と思う。

ムーンショット型研究開発制度ではないのでは

核融合炉の実現は、SFみたいな目標を掲げるムーンショット型の研究支援の枠組みに合致しているようには見える。だがしかし挑戦は挑戦でも、1つの挑戦にかかる時間とお金が他のテーマよりずっと大きく、ミラクルが起こればすぐ達成できる代物ではない。そもそも誰が応募できるのか?コンパクトな核融合コンセプトの研究してる大学の先生そんなにいない気がするけど、どうだろう。少なくとも、2060年の素晴らしい未来の目標から逆算するのではなく、最初の10年、次の10年って目標を積み上げていくタイプの進め方の方が合ってると思う。

だけど今回の意見募集はあくまでムーンショット型が前提なので、この枠に当てはめる場合はどうなるのか考えてみたい。アンケートの問いに沿って考えてみる。

意見募集への回答

(1)目標案 ①MS目標案の名称
ポイント:人々を魅了する目標のキャッチコピーとして、最適な表現になっているか?
「2060年までに、豊かで安定的なフュージョンエネルギーを生み出す地上の太陽を作り出し、エネルギー資源の制約と温室効果ガスから解き放たれたダイナミックな社会を実現」

後半が適切な表現ではない。エネルギー資源の制約・温室効果ガスから解き放たれるというのは、商業核融合の普及により火力・原子力を0にするという意味か?そうであるならば目標達成は不可能だし、そうでないなら紛らわしい表現をするべきではない。また、新規参入の挑戦者に対して、桁違いの予算規模で進めているITER/DEMOよりも困難な要求をするべきではない。「2060年までに発電実証(Q>10)およびスピンオフ」までやれたら十分すごいのではないか。それで人々を魅了する目標になるかと言われたらわからないが、関係ない願望を添えるべきではない。

(1)目標案 ②実現したい2060年の社会像
「人類の挑戦に必要とするエネルギーを十分に供給できる安全安心なエネルギーシステムを実現し、発展し続ける社会」

「人類の挑戦に必要とするエネルギーを十分に供給できる(ポテンシャルを秘めた)安全安心なエネルギーシステムを実現」と読んでもいいならいい表現のように思う。

(2)ターゲット(MS目標の達成シーン。2060年に何が実現しているか)①2060年の達成シーン
ポイント:技術開発目標ではなく、技術開発の結果として、何が実現できているか?
・(エネルギー問題の解決への貢献)ネットゼロ社会を実現する切り札として安定的で豊富なフュージョンエネルギーによる、我が国のエネルギーの自給自足を実現(例えば、核融合熱により水素や合成燃料の製造を可能にする。)
・(環境問題の解決への貢献)フュージョンエネルギーによる、幅広い産業や、都市部や遠く離れた村落部も含めた一般家庭の炭素排出量の抜本的改善を達成
・(環境問題の解決への貢献)フュージョンエネルギーにより、産業革命以降、大気中に蓄積し気候変動に寄与している二酸化炭素を資源として利用することで、産業革命以来のサイクル逆転を駆動(Beyond Tipping Points)
・ターゲットを達成するドライバーとして、世界を牽引するスタートアップを少なくとも1社を創出

2060年でエネルギーの自給自足というのは、商業核融合炉の普及によって火力・原子力発電を0にし、ガソリンや家庭用のガスなども含めて化石燃料を輸入しないという意味か?さすがに現実味がない。「自給自足が将来的に可能であるという見通しを得る」あたりが限界に思う。「世界を牽引するスタートアップを少なくとも1社」というのは「エネルギーの自給自足を実現」のはるか内側に内包されており、これらが併記されているのはおかしい(世界を牽引するスタートアップが1社も起こらずに、エネルギーの自給自足ができる(核融合炉が数十基稼働している)ことはあり得ない)。そもそも「2060年までにエネルギーの自給自足を実現」がおかしく、明らかに不可能な目標を掲げるべきではない。

(2)ターゲット(MS目標の達成シーン。2060年に何が実現しているか)②2035年に実現すること
・フュージョンエネルギーとして、電気エネルギーに限らない、多様なエネルギー源としての活用を実現
・ 核融合反応で生成される粒子の利用や要素技術等の多角的利用として、フュージョンエネルギーの応用を加速
・スタートアップの創出や意欲ある研究者の挑戦を促す研究支援体制や支援制度の整備によるドライバーとなりうる者の育成

多様なエネルギー源としての活用が何を指すのかがわからない。
フュージョンエネルギーの応用ではなく、フュージョンエネルギーの派生技術の応用ではないか?

(3)当該目標達成によりもたらされる社会・産業構造の変化
・(マイナスからゼロへ)エネルギーが“地”政学から“知”政学へ変わるとともにエネルギー限界費用“ゼロ”及び炭素負債(カーボンデット)の返済により、エネルギー資源の制約から解き放たれ、温室効果ガスに起因する気候変動が解決することで、紛争や飢餓の根源的理由の一つが消失
・(ゼロからプラスへ)宇宙空間やサイバー空間等、未知の空間への展開による新たな価値観の創造。環境技術や医療技術等の人類の福祉に資するイノベーションによる社会の活気・活力の増加

意味が分からない。核融合がエネルギー限界費用ゼロで無限に電気が出てくると勘違いしてる人の文章か?

以降の質問はあんまりコメント無かったから省略する。もう少し具体的にならないと何とも言えないかなと思ったのと、前半で変なところに突っ込んでて感覚が変になってるかもしれない。

全体としては、やはりムーンショット型研究開発制度の枠組みで行うのは合ってないのではないだろうか、と思う。

おわりに

ちょっと全体的に批判ぽくなってしまったが、前から言っている通り核融合の挑戦的な研究こそが今の日本に必要な戦略だと思うので、どのような形にせよ支援の枠組み作りが進むのはいいことだと思う。だからこそ、変な目標で振り回すのはやめてほしい。

今回の意見募集での私の主張は、
・できればムーンショット型研究開発制度ではない枠組みでやってほしい
・ムーンショット型でいくならば、まともな目標に変更すべき
・核融合炉開発競争に挑戦するプロジェクトを支援してほしい

日本の場合は超金持ち投資家とかベンチャー企業が活発に挑戦と失敗を繰り返して大成功していく欧米のスタイルと違って、政府が方針を示しつつ老舗大手企業だったりそのグループ会社だったり商社だったりがプロジェクトを進めていくような日本のスタイル(っていうのは単に私の偏見だけど)で、世界と競争してほしい。


意見はこちらから
ムーンショット型研究開発制度におけるフュージョンエネルギーに関する新目標案についての意見募集


まだ自己紹介してないけど、そのうち。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?