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おばあがあと3ヶ月で死ぬらしい(10)

2024年

4月20日(土)
母から祖母が危篤状態と連絡を受ける。
(祖母は急性骨髄性白血病)

4月21日(日)
息子3歳とともに実家へ帰省。
祖母はベッドに横たわり酸素マスクをつける。食事は流動食。会話は途切れ途切れなんとか。息子(祖母にとってはひ孫)を見て「可愛い」とニッコリ。

4月22日(月)
祖母の様子は前日と変わらず。小さな花束を祖母へプレゼント。「わあ、きれい」と嬉しそうに笑う。

4月23日(火)
私の弟が祖母の様子を見に帰省。弟に会えて嬉しかったのか、しっかりとお喋り。ここからちょっと元気になる。

4月24日(水)
訪問診療のドクター&ナースが驚くほど、祖母は元気に(それでも流動食で酸素をしていたけれど)。私はひとまず娘1歳と夫が待つ自宅へ戻る。

4月25日(木)
夕方頃、祖母逝去の連絡を実家から受ける。この日の朝からしんどそうだったが、訪問のドクター&ナースに点滴をしてもらい落ち着いていたようだが、この日、祖母は逝くことを選んだ。騒がず穏やかに眠るように逝ったようだから、最後は痛みや苦しみに飲み込まれたというわけではないのだと思う(私はそう信じている。その方が私の心が落ち着くから)。

4月26日(金)
娘を連れて帰省。お花屋さんで祖母の大好きな紫色の花でブーケを組んでもらった。お花屋さんに「どなたに差し上げるのですか?」と尋ねられたとき、涙がポロポロ溢れた。実家のベッド上で最期のお化粧をしてもらった祖母が美しかったこと。そしてその頬が氷のようにひんやりしていたこと。死人であることに間違いはなかった。弟の肩を借りて泣いた。



もうしんどいので、今日はおしまい。
忘れないように、記録しているのだけれど、思い出すと、涙がどんどん溢れてくるね。

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