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目を開けてお祈りを 第2話



学生生活は慌ただしくスタートした。私は、芋くさい田舎を抜け出すべく都会に進学していた。徒歩通学は卒業。慣れない電車通学が始まった。満員電車はぎゅうぎゅうで、バッグに付けたクマのぬいぐるみは、人波にもまれて旅に出てしまった。

人混みを抜け、ボロボロになって学校にたどり着く。黒い金属でできた校舎の門には英語で文字が書かれていた。確か聖書の言葉が書かれているんだっけ、読めないんじゃ意味ないけど。アホ毛がぴょこんと跳ねている私と違い、この門はすました上級生のよう。

田舎と違う、床も机もピカピカな教室に入る。クラスメイト達は入学式が終わってすぐなのに、もう打ち解け始めていた。

「おはよう…!」

震える声が裏返る。顔が熱くなった。

「おはよーう」

そんなことは気にせずに、みんな挨拶を返してくれる。でも皆すぐに元の話に戻ってしまった。私は曖昧な微笑みを浮かべ、自分の席にコソコソ逃げた。

おい、せっかく都会に出てきたのに友達を作らないつもりか?そう自分をけしかける。けど、話しかける勇気は出てこない。自分を変えるために、ここに来たのに。手持ち無沙汰な時間に耐えられず、トイレに行く振りをして廊下に出た。

長い廊下の右側には教室がずらりと並んでいる。反対側は窓ガラスが続いていて、外には白いチャペルが見えた。庭では用務員さんが色とりどりのパンジーを鉢から花壇に植え替えている。

ふと、黒い服を着た男性が視界に入る。

あの人だ。私は、さっきの気まずさなんか忘れて窓辺に張り付いた。牧師先生は用務員さんに挨拶しながらチャペルに向かう。

片手には聖書と讃美歌を抱えていて、しおりがたくさん挟まっていた。背も高くて、前髪をかきあげて歩く様子は何かのCMみたい。見ていた時間はほんの数秒だった。でも私の心には明るい、爽やかな風がそよいでいた。

臆病な気持ちが吹き飛んだのか。もう一度勇気を出して教室に戻り、周りを見回す。するといろんなグループができ始めているのがわかった。

元気に大声で笑っている子たち、校則違反だけど堂々とお菓子を食べている子たち、秀才さがにじみ出ていて近づきにくい子たち。教室の後ろに飾られている宗教画の女の人も五人一組のグループにわかれていた。

出遅れちゃった?と手汗がにじむ。
ふと、教室の角に集まる女の子たちが目に留まった。何を話しているか聞き取れない。けれどノートに絵を描いていて楽しそう。私は恐るおそる近づいた。

「おはよう、何描いてるの?」
「おはよう。皆で絵しりとりしてたの」

ノートをみると、簡単な絵を矢印でつないでしりとりをしていた。終わりの方をみると「トマト」「トランプ」「プリン」の絵が並んでいる。ちょうどマナという子が、プリンの上にクリームを描き足して「プリンアラモード」にしていた。

「やってみたいな」
「いいよ、じゃあ続きどうぞ」
「え、プリンで終わりじゃないの?」
「ちがうよプリンアラモードだよ」

拍子抜けするくらい自然に輪に入れた。嬉しくて、震える手でドーナッツを描いた。自分の学校生活が、やっと始まった気がした。

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