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目を開けてお祈りを 第3話


中学校は楽しい日も、辛くて仕方ない日もあった。例えば勉強面。小学校では、授業を聞いて宿題を出しさえすれば百点が取れた。近所の友だちは夏休みが終わりに近づくと、「サナエ!宿題写させて!」と頼みに来たものだ。その時代は終わった。今は、平均点を取るので精一杯。

英語なんて補習に呼ばれた。その時は、先生から英語で書かれている紙を訳も分からずもらい、指定の場所に行ったら補習だったので驚いた。

一学期の中間テストの結果に、両親は驚愕した。

「なんだこの成績は。せっかく学費を出しているのに」

通信簿を見た父の顔は厳しかった。

かくして、私は塾に行くことになってしまった。通うことになったのは地元の個人塾。建物は鉄筋コンクリートでできていて、外壁はヒビがあって古臭い。気は進まなかったけど、母の、

「口コミがとってもよかったのよ!」

という言葉には抗えなかった。

「通わせてもらえてありがたいと思いなさい」

父もそう言った。
そこでは独自の教科書は無く、生徒の宿題を先生と一緒に解くスタイルだった。私は英語の教科書を持ち込み、アルバイトの大学生に「単語覚えてなさ過ぎだろ」と呆れられながら、なんとか宿題を片づけていた。

塾の中は学校の教室みたいなところに、生徒がバラバラに座って、先生が様子を見に来る形式だった。地元の中学生だけでなく、都会の制服を着た子が意外といた。隣の教室は食事スペースになっている。

「サナエちゃん〇女に通ってるんでしょ。ナオキ君はそこの近所の男子校なんだよ」

慣れてきたころ、何気なく同級生を紹介された。見たことある制服だ。背は私と同じ一六〇センチくらい、年齢の割に幼い顔つき。塾ではふざけず友だちと談笑する程度。でも消しゴムは小学生みたいに、鉛筆に刺されて穴だらけだった。

「彼は英語が得意だからいろいろ参考にしなさい」
「あ、はい」

私は先生に英語を習いに来たんだけどな…。そう思っているうちに、先生は事務所に引っ込んでしまった。教室の生徒はまばらで、紹介された手前すぐに勉強には戻りにくい。なんだか気まずいな。

「えっと、英語が得意なの?」

彼は私が話しかけると少し驚いていた。彼ははにかんだ。

「まあ、そうでもないよ。でも分からないことがあったら聞いてね、答えられるかは別だけど」

なんだ、謙虚じゃないか。いばられたら適当に距離を取ろうと思っていたけど。何様かとは思うけれど、私は彼の言葉に態度をゆるめた。

「でも先生に褒められてたじゃん。私単語が苦手なんだけど、どうやって勉強してる?」
「うーん、単語カードをつくって毎日見てるかな」
「おお、それってどれくらいの時間?」
「電車の行き帰りに見てるから、一日一時間くらい」

確かに彼の単語カードは、使い込まれていてボロボロだった。

「毎日?すごいね。でも満員電車の中って勉強しにくくない?」
「まあね。でも単語カードは場所取らないし、他にすることもないからはかどるよ」

彼は私がほめたからか嬉しそうにしていた。照れ隠しなのか頭をかいている。ナオキ君との会話は意外と弾んだ。そのうち教室に人が増えてきたので、それぞれ勉強に戻った。

なるほど、私も作ってみるか。私は鞄の底から、数枚作ってそのままにしていた単語カードを引っ張り出した。

少しクシャついているので適当にのばし、教科書のコトバを書き写す。白いカードが埋まっていくのを見るのは達成感があった。ひとまず作ったものの、暗記する作業は残っている。頭の中はまだカラッポだった。

気づくと帰る時間だ。小さく伸びをして、教科書を片づける。
席を立とうとした時だった。

「あのさ」

ナオキ君が近づいてきた。目が泳いでる。

「よかったら連絡先交換しない?英語で分からないところあったら聞いて」
「お、助かります。ありがと」
「あ、でも嫌だったら断ってね。女の子と話すの久々だからさ、変なことしてないか心配で」
「大丈夫だよ、こっちも男子と喋るの久しぶりだから、お互い様」

私はスマホを出す。男子の友達ができるのは、新鮮で嬉しかった。彼の笑顔が少し照れくさそうで、こっちも温かい気持ちになる。

塾に行ったからといって成績が上がる訳ではない。私自身のやる気が一番大事なのだと知るのは別の話である。それに中学生の勉強内容は英語だけではない。私は彼に連絡する間もなく、学生生活の波に飲まれていった。

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