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目を開けてお祈りを 第6話


先生のしおりに唆されたというか。イヤイヤ志望することになった英語コースへのこだわりが、いつの間にか和らいでいった。しおりの効果か、何とか補習も免れた。思いがけず英語特訓を受けたせいだと思うけど。

「明日は雨でも降るんじゃない?」
「うるさいな」

マナは意外だと冷やかしてきた。しおりのことは黙っていた。

「今更なんだけど、英語コースを志望することになったんだ」
「え、どういう風のふきまわし?」
「それほど英語が嫌じゃないって気づいたっていうか。あとパパも英語コースにしろってうるさいの」

父の話をすると、マナは合点がいったみたいだ。ときどき愚痴を聞いてもらっていたから。「まあ、一緒に頑張ろうや」と、マナは励ましてくれた。

その日から放課後の勉強会でも、

「私に頼らず、まずは自分で考えな」

と先生ぶってくる。ちょっとウザい。
塾でも真面目に頑張ることにした。

「ナオキ先生、質問があります」
「えっ珍しい、何どうしたの」
「英語コースに行かなきゃならんのだ、助けて」

彼は目を見開いた。

「〇女の英語コースって有名じゃん。サナエちゃん相当頑張らなきゃだよ」
「わかってますよ」

わからない単語は全て単語カードにしたので、カードの束を五つぐらいいつも持ち歩くはめになった。教科書の内容も丸暗記できるよう紙に書いて家の至る所に、トイレの壁にまで貼った。

二人の若い先生に助けられ、私の成績は上がっていった。一学期の期末テストは上々だった。

「マナ先生、やりました!」
「うむ、頑張ったな」

彼女は言った。でもマナはこっちを見向きもせず、自分の解答用紙を見つめたままだ。マナ先生は真面目だな。私も精進せねば、と帰ってきたテストの復習をすることにした。

マナも私も、夏休みはそれぞれの塾にカンヅメになった。

「だめ、もう疲れた」
「諦めちゃダメ。せめて今週中には宿題終わらせないと。休み明けテストも評価に関わるんでしょ」

ナオキ先生もスパルタだった。彼は自分の宿題はすっかり終わっているのに、私の様子を見に塾に来てくれていた。助かる。

学校ではテストの上位三十人の名前が学年掲示板に張られる。夏休み明けのテストで、私は初めて英語科目のリストに載った。

(やった!)

しかしよく見ると、マナの名前がない。彼女はリストの常連だったのに。教室に戻るとマナがいた。

「サナエ良かったじゃん、頑張ったんだね」
「ううん、マナがサポートしてくれたからだよ」
「そうかな」

彼女は力なく笑った。(頑張れ!)とか言うのは偉そうかなとか考えすぎて、あえてそれ以上話せなかった。結局別の話題をふった。

昼休みもマナは元気がない。私が話しかけても生返事ばかり。そのくせ、ササッと弁当を食べ終わると、

「勉強しなきゃだから」

と参考書とにらめっこを始めた。
下校の時間になっても、いつも一緒に帰っている彼女は先に教室を出ていた。今日は気まずいのかな。ひとまずそっとしておくことにした。

しかし次の日も、その次の日も、マナの調子はそのままだった。

「お母さんどうしよう」

一週間たった頃、私は母に泣きついた。

「仕方ないよ、べつにサナエは悪いことしてないんだし、気にしない」
「それは無理。どうすればまた仲良くなれるのかな」
「今はそっとしておいてあげたら?マナちゃんも複雑なんだよ」

ーーーーー

二学期の中間テスト。私はまた成績上位者のリストに載った。マナの名前はない。私もマナも、黙ったまま教室に戻る。マナは席に座り、ジッと彼女の答案用紙を睨みつけていた。そっとしておいた方がいいのかな。私も席にもどる。その時だった。

ビリビリビリッ!!!

紙を破る音が教室に響き渡った。振り向くと、マナが立ち上がって答案用紙を真っ二つに引き裂いている。クラスメイトは静まり返った。永遠のような数秒のあと、マナは教室の外へ走り出した。

追いかけなきゃ。気付いたら私も走り出していた。授業開始のチャイムが廊下に鳴り響く。マナは気にせず走り続ける。廊下に飾ってある天使の絵がいつもより目を見開いて、こっちを見てる気がした。

「ちょっと!あなたたち何年生!?」と、背後で先生の声がした。でも、それくらいでは振り返りもしなかった。

運動場の脇の水飲み場でマナは足を止めた。足が速いマナでも息切れするんだ。もうろうとする頭でそう思った。

「ウザいんだけど、ついてこないでよ」
「ごめん、でも今ついて行かなかったら、絶対後悔すると思って」

私もゼエゼエと答える。

「後悔するのはサナエの都合でしょ?いつもそう。アンタは自分の都合ばかり」
「えっと、どういうこと」

マナは両手で水をすくい、床に飛び散るくらいの勢いで顔を洗った。

「親に逆らえないから英語コースを志望して、成績が悪いから私に頼って。私の成績が落ちたら、そのまま置いていく。純粋に留学したくて、英語を勉強している私の気持ち考えた!?」

なんて答えていいかわからなかった。気付いたら私も泣いていた。

「なんでアンタが泣くの」
「わかんない」

ふたりとも頭の中はぐちゃぐちゃだった。私はその場を立ち去るしかなかった。
教室には戻りにくい。ひとまず保健室に行った。先生に事情を説明すると、担任の先生に電話を入れてくれた。次の授業は休んでもいいとのことだった。

マナのことを考えた。今も水飲み場にいるのだろうか。保険の先生は、

「保健室で二人を見ておきますね」

と担任の先生をうまく誤魔化してくれた。泣きつかれた私は保健室のベッドでふて寝してから、教室に戻った。

教室に入るとマナがいた。お互い、ごめんとも何とも言えなかった。クラスメイトも密かにこちらの様子を伺っている。

「次の授業のテスト範囲ってどこだっけ」

マナが言う。

「このページだよ」

私も返事をした。私たちは無理矢理さっきのことを無かったことにした。

私たちの会話は上辺だけのものになった。昼休みは特に時間が長く感じられる。手持ち無沙汰なので、私もマナみたいに勉強にいそしむフリをした。教科書の内容はまったく頭に入って来ない。マナはどうなんだろう。私は気になって仕方がなかった。

下校のときも一人のままだった。でも駅のホームまで行けば、ナオキ君と話せるので少しホッとした。

「僕も中学受験のとき、志望校が同じ友達が口きいてくれなくなったことあったな」
「え、そのときどうしたの」

彼は少し言いよどむ。

「どうも。僕だけ合格してそれっきり」
「なにそれ、聞くんじゃなかった」
「まあ、時間が解決するよ」

ふてくされている私を励ましてくれているのだろう。彼はナタデココジュースをおごってくれた。ふと、後ろに先輩が並んでいたのに気付いた。ササッと自販機をゆずって、二人でベンチに戻り、それぞれ同じジュースを飲む。

やたら先輩に見られている気もしたけど、私の頭はマナのことでいっぱいだった。

悲しいかな、マナとの冷え切ったランチタイムにも慣れてしまった。次第に勉強に集中できるようになって、私の英語の成績はさらに上がっていった。コース分けに専念しようと、理数科目に手をつけなくなったせいもあるけど。

コース分けに備えて、例の厳しい英語の先生に自分から補修を頼みに言ったりもした。少しずつ先生の質問に答えられるようになったりして。サナエも誘いたかったけど、上手く声がかけられなかった。

そのうち、観光客の道案内もできるようになった。テストの点数が上がるとそんなことまでできるようになるのか、と思ったり。

結果は掲示板に貼られた。当日、私とマナの名前が英語コースの欄にあった。
マナは細く長いため息のあと、

「サナエと同じコースになれて嬉しい」

と言った。

「私もだよ」

でもどうしてだろう。嬉しいはずなのに、ぎこちなさが抜けない。マナもそうらしかった。あの日彼女ともっと話し合っていれば、何か変わっていたのかな?そう考えても仕方のないことだった。

英語コースは二クラスに分かれる。私たちは別々のクラスになった。寂しかったけど、ほっとする自分もいた。涙も汗も、もう御免だった。

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