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「雨の日のカフェ」

今日は雨が降り続いていた。窓に叩きつける雨粒の音が、どこか心地よく響く。りんは、最近の疲れた気持ちを少しでも和らげるために、いつものカフェに向かった。窓際の端の席は、彼女の特等席だ。そこに座ると、外の世界から少し離れた気分になれるからだ。

カフェの中は、いつも通り落ち着いていた。学生らしき人々がノートを広げ、何かを書き込んでいる隣で、カップルが楽しそうに会話をしている。音楽は静かに流れており、店内全体がどこか穏やかな空気に包まれていた。

りんはパソコンを開き、ふとSNSを覗いてしまう。「ああ、またか」と、ため息をつく。そこには、自分よりもずっと成功しているクリエイターたちが自分の作品を誇らしげに投稿している。

「どうしてこんなに上手くいくんだろう?」「私も最初は自信があったのに…」。そんな思いが、頭の中を巡る。

「少し気分転換がしたくて」

りんは、バリスタに声をかけた。バリスタはにっこり微笑んで、

「ホットココアはいかがですか?雨の日にはぴったりですよ」

とすすめてくれた。ホットココアの香りがほんのり漂い、少しだけ気持ちが和らいだ。

窓の外を見ると、傘をさした人々が忙しそうに歩いている。足元に気をつけながら、傘を片手に小走りする姿は、どこかりんの心の焦りを映しているようだった。

「最近、SNSを見ると、みんなが自分より輝いているように思えてしまうんです。自分は何もできていない気がして…。」

りんはぽつりとつぶやいた。
その声に、隣の席に座っていた年配の女性が顔を上げた。

「若いのに、悩んでいるのね」

と、彼女は柔らかい笑顔を浮かべている。
戸惑いながらも、りんは話し始めた。

「はい…。最初はフリーランスとして自分のペースで仕事を楽しんでいたんです。でも、SNSで他のクリエイターの成功を目にするたびに、何だか自分が遅れているような気がしてきて…。スランプに陥って、何を作っても満足できなくなってしまったんです。」

年配の女性は、静かに頷きながら語り始めた。

「私も若い頃はね、バリバリ働いていたのよ。他人の成功が気になって、私ももっと頑張らなきゃって焦ってばかりいた。でもね、ある日ふと気づいたの。自分の道を歩むことが一番大切だって。」

「自分の道…ですか?」

「そうよ。他人のペースに惑わされることなく、自分が楽しいと思えることを続けること。それが何よりも大事なの。私も最初は他人と自分を比べてばかりだったけど、ある日、ちょっとしたプロジェクトで失敗してね。それが転機になったの。失敗を通して、自分のペースでやることが一番だって気づいたのよ。そこからは、他人を気にせずに、自分の好きなことを楽しむようになったわ。おかげで、ずっと楽しく働けるようになった。」

その言葉は、雨音とともに心に静かに染み渡っていった。りんはホットココアを一口飲み、小さな笑みを浮かべた。

「そうですね…。自分のペースで進めばいいんですね。少し焦りすぎていたみたいです。」

「そうよ。あなたの時間は、あなたのものだから。他人と比べる必要なんてないわよ。自分が楽しいと思うことを大切にしていけば、それが一番の成功よ。」

りんは窓の外を眺めながら、女性の言葉を繰り返し考えた。小走りする人々、雨の音、そしてゆっくりと流れていく時間。自分の歩幅で進むという言葉が、静かに心の奥に広がっていく。焦っていた心が、少しずつ解けていくような感覚があった。

まだ答えは出ていないけれど、彼女の言葉がその日から小さな一歩を踏み出すためのきっかけになるように感じた。りんは、そっとカップを握りしめながら、雨音に耳を傾け続けた。

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