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ミジカムジカ16「躍動するユーラシア」プログラム原稿

 「ユーラシア」という語の感触ですが、ヨーロッパともアジアとも異なるエキゾチシズム、ミステリアスな感じが漂っているような気がします。無国籍感が強いというか。
 日本もインドもロシアもトルコもサウジアラビアもフランスもポルトガルも含まれるわけで、文化的な共通性を見つけることは、なかなか困難です。逆から言えば、アジアとヨーロッパという大別して二つの文化圏を併せ持っているから、エキゾティックなのかもしれません。
 遡って、正倉院やチンギス・ハーンのモンゴル帝国のことを思えば、やはり地続きというのはすごい。シベリア鉄道からイメージされる旅愁もあわせ、広大なユーラシア大陸を横断するロマンには、あらがいがたいものがあると、思いませんか?
 今回「ユーラシア」という言葉を思いついたのは、ストラヴィンスキー、ペルト、トゥールの三人が、いずれも旧ヨーロッパロシアの文化圏に生まれたことによります。ストラヴィンスキーはサンクトペテルブルク市のフィンランド湾岸、ペルトはサンクトペテルブルク市に近接するエストニアの中部、トゥールはエストニアのバルト海に浮かぶ旧スウェーデン領の島。もちろん、エストニアとロシアの関係は、非常に微妙…、決して良好ではないようですので、ひとくくりに語ることはできませんが、地理的な近さに驚きはしました。
 パリで話題となったり活躍したりしたロシア人(旧ソ連)のことを考えると、ユーラシアというイメージが、がぜん近しく思えます。ペテルブルク(旧レニングラード)で育ったストラヴィンスキー作曲の『火の鳥』がバレエ・リュス(ロシア・バレエ団)によって初演されたのは、パリ・オペラ座。バレエ・リュスのプロデューサーだったディアギレフもペテルブルクで育ち、パリで手腕を発揮しています。

 モリコーネが音楽を担当した、ベルナルド・ベルトルッチ監督の4時間を超える映画『1900年』(Novecento)は、映画館で見ました。1901年生まれのイタリア人の波乱に満ちたやりきれない45年間を描いた壮大な映画です。
 そして、本来であれば明日まで続く「ヴェクサシオン」。今日は数分か10分程度かと思いますが、永遠にも近い時間の流れを夢想してください。
 今日のコンサートで演奏する曲は、演奏時間としては小品が多いのですが、ユーラシアを旅する気分で、深い大きな広がりを感じ取っていただければ、幸いです。

イゴール・ストラヴィンスキー 「火の鳥」(1910、アゴスティ編ピアノソロ版)“Der Feuervogel - Danse infernale, Berceuse for piano solo”

 このコンサートを開催するきっかけとなった曲です。
 元はバレエ・リュス(ロシア・バレエ団)のためにバレエ音楽として創られたもので、のちに作曲家自身によって3種類の組曲として再構成されています。
 きょうお送りするのは、グイド・アゴスティ(1901-89)によって1928年に編曲された、作品終盤の「凶悪な踊り」「子守歌」「終曲」の3曲から成る11分程度のピアノ版です。
 物語は、そもそもロシアの一般的な民話を題材としたもので、チャイコフスキーの三大バレエ(くるみわり人形、白鳥の湖、眠りの森の美女)がヨーロッパの童話や民話を基にしていたことからすれば、ロシアの民族性を強調したものといえます。
 旋律的には、ロシア民謡を基にした抒情的な「王女たちのロンド」、ムソルグスキー『展覧会の絵』の「キエフの大門」を思わせる堂々とした終曲にロシアのスケールを感じさせるところがあります。
 リズムではポリリズムという、Perfume…そうなんです、あの曲のちょっとつっかえるような感じの部分、リズムの異なる声部が同時に奏されています。民族音楽ではよく見られるパターンだそうです。菊地成孔氏のレクチャーでかなり詳しく解説してもらったことがありますが…ある楽器が3拍打つ間に他の楽器が7拍、他の人の歌は4拍…それが快感だ、みたいな。
 和声については、「ポリトナール」(複調。同時に異なる調性が鳴っている状態)、付加音による音色的な「よごし」(ジャズ的ですね、Cに自然にB♭が紛れ込むとか。共に西沢昭男「ストラヴィンスキーの和声について」による)が指摘されています。
 このように、ストラヴィンスキーの少なくともこの当時のキモは、「ポリ」(「多数の」という意味の接頭辞)というところにあるようです。結果的に、複数のキャラクターが同時に登場してドラマを作るバレエ音楽には、この「ポリ」構造が非常に有効だったのではないかと思います。

2022年2月11日(金・祝) 西宮市甲東ホール
主な曲目:サティ「ヴェクサシオン」*、ペルト「アリーナ」、モリコーネ=坂本龍一「1900」、 トゥール「ピアノソナタ」より*、ストラヴィンスキー「ピアノラグ・ミュージック」、同「スケルツォ」、同「火の鳥」(アゴスティ編ピアノソロ版)*  (*印は、ダンスと)
ピアノ:志賀俊亮、ダンス、振付:高野裕子(写真)、ダンス:本間紗世 村林楽穂



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