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#一人称の語り

カズオ・イシグロ『わたしたちが孤児だったころ』

カズオ・イシグロ『わたしたちが孤児だったころ』

カズオ・イシグロは比較的寡作な作家であり、長編小説に限定すれば発表されている作品は全部で八つである。
これまで、それらのうちの五つについて note に拙い感想を記してきた。残るのは次の三つだ(刊行年は邦訳)。

『わたしたちが孤児だったころ』(2001年)
『わたしを離さないで』(2006年)
『忘れられた巨人』(2015年)

今回は『わたしたちが孤児だったころ』について書いてみたい。

『わ

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カズオ・イシグロ『充たされざる者』

カズオ・イシグロ『充たされざる者』

カズオ・イシグロはすごい作家だ、とつくづく思う。
長編第四作『充たされざる者』(古賀林幸訳、原題:The Unconsoled)に度肝を抜かれた。

とにかく長い。文庫版で本文939ページ。
だが、度肝を抜かれたのは長さのせいばかりではない。
この長さをとおして描かれる時間の経過は実際には三昼夜ほどにすぎない。
極端なまでに遅延し、引き伸ばされつつも凝集された濃密な「時間」に度肝を抜かれたのだ。こ

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カズオ・イシグロ『浮世の画家』

カズオ・イシグロ『浮世の画家』

『浮世の画家』(原題 An Artist of the Floating World, 1986)は、不思議な小説である。

同作は、イシグロの長編デビュー作である『遠い山なみの光』(1982)と、ブッカー賞を受賞した作家にとって代表作である『日の名残り』(1989)との中間に位置する。
そう考えてみると、なるほど『浮世の画家』には、これら相前後する二つの作品との間で、それぞれ異なる共通点があるよ

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カズオ・イシグロ『遠い山なみの光』

カズオ・イシグロ『遠い山なみの光』

このところカズオ・イシグロにはまっている。

『日の名残り』、『夜想曲集』、『クララとお日さま』、『遠い山なみの光』を続けて読んだ。
これらのうち『夜想曲集』と『遠い山なみの光』は、それぞれ区内の別の図書館の文庫の棚に置かれていたものを、たまたま手に取ってそのまま借りてきたものだ。
ここでは『遠い山なみの光』について書いてみたい。

前回の記事で取り上げた『クララとお日さま』(2021)はイシグロ

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