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アイヌ語 輪読会レポ #3

北大言語学サークル所属のもけけです。
本記事は、3月12日に行われた第3回アイヌ語輪読会の学習記です。
第3回では、第7課「副助詞」、第8課「終助詞」、第9課「助動詞」の内容を扱いました。


学習内容

第7課「副助詞」

副助詞は、「独立の副詞ではないけれども、他の語の後に置かれて様々な副詞的な意味を付け加える働きをする助詞(佐藤 2008: 61)」とされています。

輪読会では、情報構造の術語としての「主題(theme)」や、格助詞と副助詞の区別などについても確認されました。

第8課「終助詞」

終助詞は、「文末に現れて疑問や判断などを表し、文を終止させる助詞(佐藤 2008: 71)」とされています。

輪読会では、名詞化辞と疑問語の関係についても意見が交わされました。

第9課「助動詞」

助動詞は、「動詞の後に置かれて様々な意味を付け加え、新しい動詞句を作る働きをするもの(佐藤 2008: 78)」とされています。

輪読会では、雅語の特質、アクチオンスアルト、生成文法的な発想、異形態の認定、名詞転成、動詞の単複、名詞化辞といった様々なトピックに話題が及びましたが、ここでは「どのようにして特定の言語形式を助動詞と認定するか」という点について少し整理してみたいと思います。

アイヌ語の助動詞の中には、元来は動詞であり、文法化(grammaticalization)の結果として助動詞と認定されるに至ったものが多くあります。
佐藤(2008)では、アイヌ語の動詞は原則常に人称接辞が付加されて語形が変化するものであるのに対して、助動詞として用いられる場合には人称接辞が付加されない不変化詞として振る舞うようになるという基準を用いて記述されています。
野村(2014: 145)でも整理が為されているように、一般に、文法化の過程では「元の品詞らしさ」が低下するとされており、このような基準は合理的だと考えられます。

一方で、文法化においては、語彙的な意味を持つ「内容語」から文法的な意味を持つ「機能語」が作られるのが典型的です。前者が頻繁に新語が生まれやすく語数も多い open class words であるのに対し、後者は新語が生まれにくく語数も少ない closed class words であるとされます。
アイヌ語において、人称接辞を伴わない動詞の「助動詞的用法」が生産的と考えられるのかどうかは疑問が残る部分でしたが、仮に高い生産性を有するのだとすれば、助動詞の記述や用語法について異なる基準を考える余地もあるのかもしれません。

さらに、「~しない」という意味を表す somo ki という形式について、佐藤(2008)には以下のような記述がありました。

somo ki を助動詞として立てるのはまだ一般的な説ではない。しかし、eaykap「できない」と現れる位置が同じであり、人称変化もしないという点で、somo ki 全体を一つの助動詞とみなす根拠はあると思われるのでここにあげてみた。

(佐藤 2008: 86)

ここで挙げられているような考え方は、ヨーロッパ構造主義言語学などに関連して教わることの多い「パラダイム関係」に着目した品詞の認定基準と考えることができそうです。パラダイム関係とは、統語的な構造の上で同じ位置に現れて互いに置換することのできる要素間に見出される垂直的な関係のことです。

まとめ

以上で見てきたように、言語形式を特定の品詞として認定して記述する上では、様々な基準を考えることができそうです。

他にも、日本語の助詞と助動詞は「活用をするか」という形態的な基準で区別されるのが一般的である一方、アイヌ語では助詞と助動詞の間にそれほど明確な区別を行うことは難しそうだという意見も出され、興味が湧きました。

文献

  • 風間喜代三・上野善道・松村一登・町田健(2004)『言語学 第2版』東京大学出版会

  • 野村益寛(2014)『ファンダメンタル認知言語学』ひつじ書房

  • 佐藤知己(2008)『アイヌ語文法の基礎』大学書林

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