自分が気に入るものを探すより作った方が早い気がする

タイトルのままである。
ありとあらゆるものに対して思う。最近は特に服に対して思う。それは多分、この前自分でぬいぐるみを作ることができたからこそ思うことだろう。
もし私が料理や菓子作りが得意で、自分が一度に多くの量を食べることができるか、同居している家族や友人がいれば、おそらく同じことを言っただろう。ひとり分の飯は作る方が手間だ。複数人分を一度に作ったとて、ひとりで何度も食べ続ければどうせ飽きるし、そもそも多く作ったものを食べきる自信がない。
私は自分のことを「食に対する興味が限りなく薄い」と表現することが多く、周囲もそう扱うが、本当にそうだと思う。同じものを食べ続けることに抵抗はあまりない。できることなら食事の面倒くささを極限まで省きたい。咀嚼も、味を感じることも、使った食器を洗うのも、食べるものを決定するのも面倒だ。私はいわゆるディストピア飯に憧れを持っているので、そういうことが継続的にできる見立てがあれば、そうする気がする。
服の話から逸れてしまったが、自分の好みが細かいものにおいては特に自分で作った方が早いように思える。店を見ていて惜しいと思うくらいなら、自分で欲しいデザインのTシャツを発注した方が早そうだ。値段に納得できるか否かはまた別問題だろうが、自分が欲しいデザインのTシャツを発注して、それが届いたらまた気に入るように装飾品をつけて、こねくりまわしたら良いものになる予感がする。

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