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『真夏の雪』
お母さんがパートに出かけたあと、家から徒歩で約15分の総合病院に出かける。
戸締まりもドアの鍵の施錠もしっかりした。
コンビニを左に曲がり神社の境内を抜ける。空き地にはセイタカアワダチソウが繁茂している。私より背が高いかもしれない。
いつもの通い慣れた道。迷うことはない。
おばあちゃんが入院して半年。
日に日にやせ細って行く姿を見るのは正直辛かった。
だけどおばあちゃんの不思議な優しい目には、私をはっとさせる光が宿っていた。
自動ドアが開いて、待合室で顔なじみの看護師さんに軽く会釈する。
エスカレーターで3階に昇り、病室へ向かう。
おばあちゃんは視力と聴力がだいぶ衰えているようで、私が声をかけても瞬時には判断できない。
「マリちゃん?」
「うん」私はとびっきり明るい声で頷いた。
「ママはパートに出かけているの?」
「そうだよ。だから、また私一人できちゃった」
嬉しそうな顔で頷くおばあちゃんの目にはうっすら涙が光っていた。
ふと、おばあちゃんは私の手をぎゅっと握ってきた。
「マリちゃん、私はもうおばあちゃんだから悔いも後悔もないんだよ。いっぱい楽しませてもらって嬉しかったよ」
私にはおばあちゃんの言葉が判然としなかった。
「私にもマリちゃんと同じ小学5年生の時代があった、たくさんの人に出逢い、別れ、恋をし結婚もし子宝にも恵まれた。今思えば夢のような日々だった。こんな真夏の暑い日に、マリちゃんが一人で御見舞に来てくれることも夢のようなんだよ」
私は少し照れてリノリウムの床をスニーカーの底でキュッキュッと鳴らした。
「おばあちゃん、いつまでも元気で良い思い出いっぱい作ろうね。約束だよ」
数日後、記録的な猛暑の夕方に、電話がけたたましくかかってきた。母は電話に出ると血相を変えて私におばあちゃんの容態が急変したことを告げた。良い子にしてお留守番していてね。何かあれば直ぐに電話をかけるから。そう言い残して。
私は庭の縁側で空を見上げていた。数日前、おばあちゃんは人生は夢のようだと語っていた。
それならば今のこの状況も夢ならばいいのに。
空はどうして青いんだろう。
馬鹿なお空さん。
こんなに悲しいのに。
こんなに苦しいのに。
何も答えてくれない。
ふと空を行き急ぐ雲が厚くなった。
球体の白い泡のようなものが降ってきた。
雪?
真夏に雪が降るなんて信じられない。
だけど、それは正真正銘の雪だった。
火照った想いを、火照った体を慰めるような、冷ましてくれるような天からの贈り物。
いつか私がおばあちゃんになって、全ての出来事が夢のように感じられたとしても、この日、この真夏の雪だけは夢幻じゃない。
私は忘れたりしない。一つの季節に刻印された強い想いが、雪をも降らす力があることを。
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