鼻詰まりから学んだ多元論
私の職場で鼻風邪が流行っています。
私が発祥かもしれません。笑
36年半も生きていれば
風邪なんて数え切れないほど
罹っているのですが
コロナ禍の3年間では
ほとんど風邪気味にすらならなかったので
少し気が緩んでいたのかなと
思いました。
私は漢方の試験の追い込みで
風邪を引いてしまったので
漢方の勉強も風邪や
今自分が悩まされている症状に
偏ったものになっていました。
とくに悩まされた鼻詰まりに関しては
YouTubeの再生リストがほとんど
鼻詰まりになるほど
悩まされていたんだなぁと
後から見て思います。
漢方を勉強していると
一言「風邪」とか
「鼻詰まり」といっても
いろんな解釈があり
その症状に至った経緯というのは
千差万別だなと感じされられます。
これは普段本職で
携帯の故障相談に応じている時に
通じているものがあって
「携帯のことは詳しくない」と
自負するお客様は
プロである私たちが
あたかもちょっと見ただけで
最初から原因がわかるように
思われているのかなと
思う方も多いのですが
実際にはいろんなことを試して
「切り分け」といって
ひとつひとつ原因を取り除いて
いくのです。
一番厄介なのが充電不良で
充電器側の問題なのか
携帯側の問題なのか
なんとも言えないことが多いのです。
ただその充電器と携帯の
組み合わせが悪いんだ
と感じさせられる事象も多いのです。
でもこれって全てのことに関してそうで
私たちは何かと専門分野以外のことに
関しては
「原因が一個」だと思い込んで
しまうものですが
実は事象が起こるには
外的要因、内的要因が
組み合わされて起こるものです。
交通事故の10対0なんて
実際にはほとんどないだろう
とすら思うのです。
今回私の酷い鼻詰まりは
伝染った他のメンバーも
同じように鼻の症状が出てたので
そもそも鼻に影響を及ぼしやすい
ウイルスではあったと思いますが
東洋医学の「水毒」にも当てはまり
鼻詰まりの症状が出る前から
体が求める以上の
食べたり飲んだらする量が
多すぎたなという自覚もあります。
私たちの結果や事象は
運なのではないかと思うくらい
いろんな環境や要素が
複雑に組み合わされて起こっています。
努力ですらその一つの要素でしか
ありません。
だから私たちは
事象を起こす「確率」を
上げることしかできないのです。
成就するかどうかなんて
確率を上げた後はそれこそ運です。
結果に依存することなく
出来ることを出来る範囲で
やったならば
後は忘れましょう。
そうしているうちに
いつのまにか
鼻詰まりは解消していました。
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