姉弟日記 『落花』
まだ姉の方が背の高かった頃。
小川と隣り合った、桜並木で。
水路のせせらぎと、
はらはらと舞う花吹雪の中を、
姉弟が一緒に歩いている。
桜を眺めながら先をゆく少女が、
何かを思い出したように──
ぱっと、腕を前に突き出した。
「ねえ、知ってる?」
そう切り出した少女は、
父に聞いた"おまじない"のことを話す。
『桜の花びらを
地面に落ちる前に掴めたら、幸せになれる』
弟に向けた少女の手のひらには、
桜の花びらが一枚乗っていた。
そして。
そのまま二人が始めたのは、
どっちが幸せになれるか競争。
落ちる花びらを器用に掴んで、
幸せへの切符をどんどん集めていく姉と。
何度掴んでも、手のひらが空っぽの弟。
悔しそうにする少年の頭の上に、
花びらがぽつぽつと乗っていくのが
なんだか可笑しくて。
少女は笑いながら、
弟に花びらを分けてあげるのだった。
桜散る並木道を歩く、
高校の制服をまとった少女。
ふと昔のことを思い出したのは、
今も変わらない花吹雪のせいだ。
すぐ目の前に、一枚の花びらが舞う。
それを見据えて、
小さく構えた少女は──
そのまま腕を降ろした。
『桜の花びらを、
地面に落ちる前に掴めたら──』
もし今、花びらを掴んでしまったら。
あの日、集めたものが。
あの日、彼にあげたものが。
すべて偽りだと、
自ら証明してしまいそうで。
あの頃と何もかも変わってしまった、
自身を誤魔化すように、また歩み出す。
桜の絨毯の上にできた、
独りぶんの足跡。
小川の水面へ落ちた、
花びらの揺らぎ。
それらは互いを無視するように、
寂しげに続いていく。
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