うさぎ繋がりでイースターバニーを手伝うか迷った話
注 以前AmazonのKindleで販売していた『ウサギ神漫遊記』の中の一話を改訂したものです。
昨今の日本には、ずいぶん多くの神々がおいでです。
昔から外つ国よりおいでになる神々が多い国なので、たいへんな数です。
わたくしは神代の昔からこの国に住む白兎神ですが、すべての神々を存じ上げているわけではございません。
神代の昔からお住まいの神々は、おおむね知り合いです。
仏関係者は非常に多人数でいらっしゃるため、ごく一部の方にしかお会いしておりません。
さらに他の国々からも多種多様な神々がおいでになられ、もうもう数えきれませんとも。
それでも会ったことはなくても、新来の神々のお名前くらいは耳にしていますよ。
さて、三月にはいったある日のこと。
白兎神社に観光客らしい集団が来ました。
それは珍しくないのですが、その中に小学校就学前くらいの男の子がいまして、親に奇妙なことを訊いていたのです。
「もうすぐイースターだけど、ウサギの神様って、イースターに卵とかチョコレートとか配ってくれるの?」
すると母親らしい声が答えました。
「それはキリスト教の神様がすることでしょ。ここの神様は日本の神様だから、イースターは関係ないの」
「ふーん、幼稚園で毎年、イースターにはゆで卵とチョコレートを探すよ。イースターバニーっていうウサギが、こっそり隠していくんだって。日本のウサギの神様って何もしないんだ」
「イースターそのものが日本の行事じゃないからね。ミッション系の幼稚園とか教会じゃなきゃ、そういうことはしないの」
「それならイースターバニーが忙しそうだから、手伝えばいいのに!」
「宗教が違うから、そういうことはできないのよ。帰りにケーキ買って行こうね。イースターのお菓子、もう出ていると思うから」
「うん」
その後、がやがやと他の人々の会話も混じり、一行は去ってゆきました。
神社の中で聞いていたわたくしは、考え込んでしまったのです。
「イースターバニーですか」
どんなウサギさんなのでしょう?
キリストという神の名前は知っていますが、会ったことはございません。
白兎神社を訪問してくださるなら歓迎するのですが、いらしたことはございません。
土地神があちこちをうろうろするわけにはまいりませんので、探しに行ったこともありませんしね。
とはいえ、キリストという神に仕えているらしいイースターバニーというウサギさんに、わたくしはとても興味を持ったのです。
さっきの子供の話では、イースターとかいう行事があってイースターバニーさんがゆで卵やチョコレートを隠すらしいですね。
おそらく宝探しの一種なのでしょう。
ふむ。
ここは八百万の神の国。
わたくしもウサギならば、キリストの関係者らしいイースターバニーさんのお手伝いをするのもいいかもしれません。
同じ国に住む神同士、助け合うのは珍しいことではありませんし。
「でも……何か手順があるのかもしれません。神事のようですし、勝手にするわけにはいかないでしょう」
うーむ。
お手伝いしたいのはやまやまですが、どうすればよいのかわかりません。
「これは直接キリストという神にお尋ねするのが……あら? どこにお住まいなのかしらん?」
ここで気がついたのですが、キリストのお社を知らないのです。
古来から日本在住の神々は、それぞれ神社がありますからすぐにわかります。
仏や護法神の方々もお寺へ行けば、すぐに取り次いでいただけます。
しかし、キリストはどこへ行けば会えるのでしょうか?
確か教会というお社だったかと思いますが、そこに在住とは思えません。
おそらく仏と同じく取り次ぎが必要かと。
どうすればいいのでしょう。
ソファにポフっと座り、腕組みして唸ってしまいました。
思えば、キリストとの交流は全くございませんでした。
嫌っているとかではなく、きっかけが無かったのです。
「これはよい機会かもしれません」
イースターバニーさんのお手伝いをしてゆで卵やチョコレートを配るのは、キリストと仲良くなるチャンスだと思います。
しかし、その前にご挨拶をして助っ人を申し出て、あちらがオーケーしてくだされば打ち合わせをせねばならないのです。
はて、どうやって連絡を?
頭を抱えてしまいました。
「どなたか、キリストをご存じの神か仏はいらっしゃらないでしょうか?」
天井を仰いでつぶやいてしまいました。
その時、神社の入り口に強い神気が現れました。
懐かしい御方です。
急いで扉を開けました。
目の前には、バサリとトレンチコートを羽織ったイケメンが立っております。
「ちょうどよいところへおいでくださいました、毘沙門天。お知恵を拝借願えませんか?」
ええ、この方はわたくしとは違い人間のお姿に化けられるのです。
「どうしたんだ? ずいぶん深刻な様子だな。話を聞こう」
すぐに応接間へお通しし、お茶を出そうとしました。
すると、毘沙門天が止められました。
「まず、悩みを話してくれ。おまえがそんなにまいっているのは、めったにないことだ」
「それでは、お言葉に甘えまして」
わたくしは毘沙門天の向かい側に腰掛け、イースターバニーのこと、キリストに会うにはどうすればよいのかわからなことを打ち明けました。
黙って聞いておられた毘沙門天が、晴れやかな笑顔になられます。
「なるほど、そういう悩みか。はは、相変わらず気の良い神だな」
「それほどのものではございません。ただ、できることならイースターバニーさんのお手伝いをして、キリストとも知り合いたいと思っただけです。同じ国に住む神同士、仲良くしたいですからね。あなたは時折、このように人間の姿になって諸国を巡り歩いておられます。どこぞでキリストに会ったことはないでしょうか?」
毘沙門天は明るいお顔のまま、首を横に振られました。
「あいにく俺も会ったことはないし、教会はあちこちで見かけるが、そこでどうすれば呼び出せるのかもわからない」
「さようでございますか。これはお節介はするなという天啓かもしれませんね」
わたくしが息をつくと、毘沙門天が付け加えられました。
「もしキリストに会えたとしても、イースターバニーを手伝うのはやめた方がいいな」
「そうですか? お互いの神の領分を侵すことになりましょうか?」
この国では、どの神々も比較的仲良く暮らしていますが、それはずるずるべったりではなく互いに心地よい距離を保っているからなのです。
相変わらず毘沙門天は、優しいお顔で続けられます。
「そういう意味じゃないんだよ。イースターバニーだろうが日本のウサギ神だろうが、ゆで卵とチョコレートを配るのが望ましくないんだ。今、子供だけではなく大人にもアレルギーが増えている。特に子供の場合、食べてはいけないと言われていても、欲しくて手を出してしまうこともあるだろう。危険だからね。配らない方がよいだろう。イースターバニーがどうしているかはわからんが、おそらくそういう配慮もして配給の縮小をしているんじゃないかな」
「あらま」
その話、聞いたことがございます。
「そうですね、命の危険にもなりかねませんしね。ふう~、それでは人手ではなく兎手は間に合っておりますね」
「ああ。キリストに会ってみたいのは俺も同じだが、この国に住んでいればそのうち会えるだろうよ」
「さようでございますね。ああ、あなたにご相談できて、本当によかった! ありがとうございます。相変わらずそそっかしいウサギであいすみません。ところで、今日はどのような御用でしょう?」
そうです。
この忙しい方が、なぜ突然いらしたのでしょう?
すると毘沙門天は、それまで気付かなかった小さな箱を差し出されました。
「開けてご覧」
すぐに一礼して開けてみて、歓声を上げてしまいました。
中には可愛らしいウサギのケーキがはいっているではありませんか。
「ちょうどそのイースターとかいう行事が近いためか、あちこちのケーキ屋にウサギをかたどった菓子が売られているんだ。それを見ておまえのことを思い出して、茶菓子を片手に訪ねてみたんだ」
「ありがとうございます。嬉しいです」
わたくしは急いで台所へ走り、ヤエコトシロヌシノカミ(八重事代主神)が「僕とお揃いだよ」とおっしゃってお送りくださった〝うえっじうっど〟の〝ぴーたーうさぎ〟のカップ&ソーサーに、スセリビメが送ってくださった出雲の紅茶をいれ、同じ柄のケーキ皿とフォークもお盆に載せて応接間へ戻りました。
そして毘沙門天がお持ちくださったウサギのケーキで〝てぃーたいむ〟を楽しんだのでございます。
楽しく会話をして、夕刻近くにお帰りなられましたっけ。
お見送りしてから、イースターに活躍なさるイースターバニーさんに心の中でエールを送りました。
そして、いつかキリストという神にも会えればいいなあと思ったのです。
どこかでイースターバニーさんにお会いしたら、因幡のウサギ神が会いたがっていたとお伝えくださると幸いです。
完
ウサギ神と毘沙門天は『因幡の白兎、神となり社に鎮座するまでの物語』で出会いが、『白兎神、大いなる陰謀に巻き込まれ日の本を救いし物語』では共闘する様子がでてきます。
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