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ショートストーリーの茶話会 1

noteでは、主にショートストーリーやエッセイを出す予定です(^_^)

アメブロで「外出自粛中のお遊び」として作ったストーリーの一つ。

暇つぶしにいかがでしょうか?


題名『その朝、僕の身に起こったこと』


寝過ごした!

あわててベッドから飛び出し、いつもお母さんが朝食を用意してくれるリビングへ走った。

僕は末っ子で、お父さん、お母さん、二人のお兄ちゃんと一緒に暮らしている。

出遅れたら、お兄ちゃんたちが僕のご飯をつまみ食いするんだ。

急がなきゃ。

リビングのドアは,いつも通りに開いている。

今日は日曜日だから、お父さんもいて、楽しい朝ご飯になるはずだけど、僕のは減ってないよね?

リビングに入って、すぐに「おかしいな」と感じた。

ご飯がない。

いつも新聞を読みながらご飯を食べているお父さんも、勢いよくぱくついているお兄ちゃんたちもいない。 

そして、何だろう、この嫌な空気。

お母さんがキッチンから出てきて、にっこりと手を差し出した。

「おはよう、待っていたわよ」

その笑顔が、僕には不気味だった。

お母さんの手をすり抜けて廊下へ出ようとしたが、いつのまにかお父さんが立っている。

「さあ、あとはおまえだけだ」

必死に隣の部屋に通じるドアへ走り、体当たりで開けて飛び込んだ。

「ダメだ、こっちへ来るな!逃げろ!」

「捕まったら終わりだぞ!」

お兄ちゃん達の悲しげな声が響く。

僕は目の前の光景を見て、呆然とした。

「どうして……お兄ちゃん……」

目の前ではお兄ちゃん達が、いつも楽しいお出かけに使っている大型の旅行用バッグ2個にそれぞれ閉じ込められて、中から叫んでいる。

そして、空のバッグがもう一個。

すぐに頭の中に「子供の人身売買、臓器売買」という言葉が浮かんだ。

昨日、お父さんとお母さんが外国のニュースを見ながら、熱心に話していたんだ。

お母さんは「日本ではありえない」って言ったけど、お父さんが「いや、闇で日本でも行われているだろう。金儲けになるなら何だってやる人間は、日本にだっているんだから」って、遊んでいる僕たちを見ながら強調していたっけ。

確か、不景気でお父さんのボーナスが減るとか言ってたような……。

それで僕たちを?

逃げようとしたら、お父さんに捕まって、空いているバッグに入れられた。

「やめてよ、出してよ、売らないで!」

必死に叫んだけれど、もう諦めたのか黙ってしまったお兄ちゃん達から順番に、車の中へ運ばれた。

こういうときに限って、隣の親切なおじちゃんや、チワワの散歩で家の前を通る優しいお姉さんが来ないんだ。

この様子を見たら、きっと僕たちを助けてくれるのに。

運転席にはお父さん、助手席にはお母さん、そして後ろには僕たちが閉じ込められているバッグ。

車はすぐに出発した。

お出かけ用旅行バッグの一部が透明なので、ちらりと窓の外が見える。

きれいな桜並木が後ろへ流れていく。

散歩で桜の花びらを追いかけながらお兄ちゃん達と歩いた道を、もう見ることはできないんだろうか。

僕たちが何をしたっていうの?

お金のためなら、子供の命なんか、どうでもいいの?

あんなに可愛がっていたのは、臓器を高く売るためだったんだろうか?

もう逃げられない。

僕は叫ぶのをやめ、震えながら身体を縮こまらせた。

やがて車が停まった。

無言になったお兄ちゃん達から順番に、怪しげな建物へ運ばれる。

僕の番になった。

お母さんが「よいしょ」っと僕の入ったバッグを運ぶ。

ああ、ここで短い一生が終わるのか。

僕、まだ子供なのに。

知らない建物の中の一室に運ばれて、バッグが開いた。

そっと首を出すと、がっちりした男の人が笑いながら僕を見ている。

「元気な子ですね」と見知らぬ男の人がうなずく。

「ええ、3兄弟の中で一番元気で、一度も体調不良がないんですよ」とお母さんは誇らしげに言う。

そっか、健康だと高く売れるんだね。

「それはけっこうです。よしよし良い子だ、出ておいで」

白い服を着たその男の人は、何やら細長い物をとりだした。

僕の本能がそれを拒否した。

「いやだ~、やめてよ~!」

抵抗したがお母さんにしっかり押さえられ、僕は生まれて初めて狂犬病の予防注射をされたのだった。

しばらくして、僕は別室でそれぞれ予防注射をされてきたお兄ちゃん達と、車の中で合流した。

「春はやだな。どうして4~6月に予防接種のお勧めがくるんだろう?」

上のお兄ちゃんがつぶやく。

「どうして予防注射なんて、この世にあるんだろう?」

2番目のお兄ちゃんが、ぐったりしている。

「ひどいよ、どうして教えてくれなかったの?」

僕は涙目でお兄ちゃん達に抗議したが、お兄ちゃん達はどんよりと答えた。

「忘れていたかったんだ」

こうして僕たちミニチュアダックス3兄弟は、狂犬病予防注射という最悪の一日を終えたのだった。

春なんて、嫌いだ~!

                                                       完

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