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ネズミ講編 その2 #1:玉越くん登場

バイト先にヘルプで現れた玉越君は紫帽子のユニフォームで、その帽子の色は身分の高いことを表していた。冠位十二階か。俺らヒヨッコはもちろん黄色帽子である。

当然ながら仕事もバリバリとこなし指示も的確な玉越くんは社員ではないながらも頼れる存在で物腰も柔らかく、年齢は1つ下だったが尊敬に値するやつであった。

数回応援に来てくれている中で色々話したところどうやらギターをやっていて専門学校に行っているらしく、主に伊藤銀次さんに習っているのだという。俺もバンドをやっていたので意気は投合し、お客さんの居ない時や休憩時間、退勤後など一緒に音楽の話を結構するようになる。

当時俺はアメリカのロックばっかり聴いていたので伊藤さんと言われてもピンと来ず「ふーん」と返しただけだったが、伊藤さんはとんでもないレジェンドである。山下達郎さんと大貫妙子さんが在籍したシュガーベイブに一時期在籍したし、DOWN TOWNなどは言わずもがな伊藤さんと山下さんがポップシーンに金字塔を打ち立てた作品である。

聞くところによると玉越君はとても高価なギターを使っていた。
オーダーメイドが基本の個人工房が制作したもので30万円ほどする逸品で音楽で食っているような人間でなければ中々買わないというかバイトだけで生活しているような連中には中々手の出ない価格帯である。

「すごいギター使ってんだね、いいなあ。」
「いやぁ、やっぱりいい楽器の方が上達も早いからね」
「そういうもんなんだねー、やっぱり早弾きとかもやりやすいの?」
「もちろん!俺は今スティーヴ・ヴァイをよく練習してるよ」
「まじ!すげえ!」
「結構弾けるようになってきたよ。」

スティーヴ・ヴァイといえば当時のギターヒーローで、早弾きはもちろんクソ難しいフレーズも難なく弾きこなしてしまうアメリカでも指折りのテクニシャンだ。
それを結構弾けるようになって来ただと?
20歳そこそこの若造が?

「そりゃあ相当な練習が必要なんだろうね、1日5,6時間とか?」
「いやまあ、じつはね。短時間で弾けるようになるコツっていうかー…良い機械があってさ」

機械?
大リーグ養成ギプスみたいな?
バンド雑誌、音楽雑誌とか結構読んでるが(立ち読みだけど)聞いたことも見たこともないけどな、そんな機械。

「おー、機械ってか。手につけるやつ?痛そうだね」
「いや、手じゃないんだよね。目と耳」

目と耳。
ギターのトレーニングなのに?
専門学校っておは進んでるからそういうの使うのかな、すげえな。

「やっぱ学校指定のやつなの?」
「いや、学校は関係なくてさ。俺も知り合いから買ったんだけど」
「へぇ、そうなんだ。俺も速弾き練習してるし、それ教えてよ!どこで買えるの?」

当時俺は速弾きが正義だと思っていたので、そんな夢のような機械があるのならば試してみたいなと思ってそう聞いた。
「ちょっと特殊だから、一般には売ってなくてねぇ。今度一緒に見に行ってみる?」
「お、良いね!いくいく!」

こうして2週間後に玉越君と一緒にその機械を見に行く約束をして、その日を楽しみに粛々とバイトをするのだが、大抵の大人ならこの時点で気づくだろう。

お前、エモノだぞ、と。

#2へ続く

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