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耳をすませば〜内科での苦難〜

体調が悪かったので病院に行きました。

午後の診療が始まる時間ぴったりに行ったものの、すでに3人の方が受付に並んでいます。
サラリーマン風の男性がふたり、もうひとりは赤ちゃんを抱いた若いお母さんでした。
私は3人に続いて受付を行い、待合スペースのソファに腰を下ろしました。

ソファの脇にあるテレビからは、ワイドショーが流れています。新型のこわいウイルスのことを仰々しく特集しているそれに不安を煽られながらも、私は静かに順番を待ちました。

そのときです。


「…サァーン…」


どこからか、か細い声が聞こえたような気がしました。

すると、私の隣に腰を下ろしていた男性がおもむろに立ち上がり、診察室に入っていったのです。

私は背筋がゾクリとするのを感じました。

この病院って、もしかして―――

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医者の声がめちゃくちゃちっちゃくて、耳を澄ましておかないと自分の名前が呼ばれたかどうかわからず適切なタイミングで診察室へ入室できないタイプの病院なのではないか―――?

まさか、ね。

さっきはちょっとボーッとしていただけ。次は絶対に聞こえる、大丈夫。
私はそう自分に言い聞かせました。

人気の病院なのでしょう。次々と患者さんが来院し、気づけば待合席はいっぱいになりました。ソファ席はすべて埋まり、座る場所がない人のために臨時の丸イスまで用意されました。

先ほど診察室に入っていった男性が出てきてから数分が経ったとき、またあの"違和感"が私を襲いました。


「…ン…」


今度は別の男性が立ち上がり、診察室に入っていったのです。

まさか―――。

先ほどまでの推測が、確信に変わりました。

これやっぱ、お医者さんの声がめちゃくちゃ小さいヤツだわ、と……

果たして、私に聞き取ることができるのだろうか。

的確なタイミングで診察室に入れなかった場合、他のすべての患者に「帰れ」コールをされ、600日分の痔の薬を一気に処方され、最終的に100万円を払わされるのではないだろうか。

私がゴクリと生唾を飲んだそのとき、急に入口の方が騒がしくなりました。

『いやぁーッ!混んでんねぇ!』

めちゃくちゃ声が大きい常連のおじいさんが来院してしまいました。

私は終わりを確信しました。

しかもこのタイミングでテレビから流れるミヤネ屋の議論も紛糾し始めちゃったよ。ミヤネ落ち着いてよ。大丈夫だよミヤネ。そうやって私がたしなめようとしてもミヤネは政府に対しての怒りを鎮めようとはしません。お願いだから今のタイミングだけ『音のソノリティ』の鮭の回を流してくれ。

お爺さんとミヤネのコンボにびっくりしたのか、赤ちゃんも泣き始めてしまいました。まだ1歳にも満たないのではないかという、バッブバブのバブリシャス赤ちゃん……。

赤ちゃんが泣くこと自体は大歓迎なんですよ。ほんの数か月前までお母さんのお腹の中にいたのにいきなりこの世に存在することが確定して見るもの全部がマジ意味不明なうえに破壊的な声量を誇るお爺さんがいきなり近づいてきたら大人でも泣きますしなんならアラサーの私すらちょっと泣いてるよ。なぜ泣いているかというと聴力が限界に近づき始めているからです

赤ちゃんのオギャりパワーが最大になる頃、更なる苦難を私が襲いました。

『この丸椅子じゃなくて、あっちの席がいいなあ! ジジイだからさぁ!』


しゃべくり爺さんが「あっちの席」と言ったのはまぎれもなく私の隣の席です。

臨時の丸イスがお気に召さなかったしゃべくり爺さんが、どんどん近づいてくる……!

テレビのミヤネも怒っている!


赤ちゃんも激オギャ状態!

恋はスリル、ショック、サスペンス!


愛内里菜の4thシングルのタイトルを叫んでしまうほど四面楚歌の私に、もはや成す術はありません。

拝啓 お母さん
お元気ですか。今や、私のいるこの病院内は取り返しのつかないデシベル状態になってしまっています。
そんな中で、お医者さんの上品な小デシベルが聞こえるわけがありません。なぜならお爺さんやミヤネを筆頭に怪物級の大デシベルになってしまっているからです。
お母さんも、どうぞ体には気を付けて。ふるさとにはしばらく帰れないかもしれません。
                               敬具

急にふるさとの母への手紙を残してしまいました。そのくらい追い打ちをかけられてしまっているということです。

すぐさま診察を放棄して、看護師の静止を振り払い病院から逃げ帰るイメージを膨らませ始めた、その時です。


『しりさん』


聞こえた


今、ハッキリと『しりさん』という、私の名前を呼ぶ声が聞こえたのです。

私はスッと立ち上がり、勇気を振り絞って診察室の扉を開けました。

そこには、勝俣州和似の医師が座っていました。

勝俣

(※参考画像群)


先生は、ひっきりなしに来院する何人もの患者の対応をしているにもかかわらず、面倒そうな素振りひとつ見せずに私の体調を最後まで気遣い、丁寧に薬の説明を行い、診察室を出るときには「早く良くなるといいね」と優しく送り出してくれる、本当に素晴らしい方でした。

色々あったけれど(途中でデシベルがすごいことになったり等)また体調を崩した際は、必ずお世話になろうと誓いました。

そのために、日常的に耳の調子を整えておこうと思った次第です。


以上

≪本日の一曲≫ 我来了 / シャムキャッツ



ありがとうイン・ザ・スカイ